ヒア・カムズ・サンは、野心的で勇気の本である。
真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。
彼は幼いころから、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。
強い記憶は鮮やかに。何年経っても、鮮やかに。
ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。
カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。
父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。
しかし、真也の目には、全く違う景色が見えた……
この7行のあらすじから、有川浩と成井豊の二人が小説を書いた。それが「ヒア・カムズ・サン」と「ヒア・カムズ・サン/パラレル」だ。
二人の作家が、同じあらすじから話を作り、それを一冊の本に並べる。面白い試みだ。この二つを読み比べることで作家の技量や個性がはっきりする。読み手には面白いが、作家には勇気のいる企画だ。他人と比べられるのは、作家であっても面白くない筈、それを敢えて行うのは勇気のいることだ。
それなら二人を比べてみよう。
有川浩の書いた「ヒア・カムズ・サン」は、成井豊の書いたものと比べると、ストーリーに劣るが文章の表現力に勝る。
有川浩のストーリを見てみよう。カオルには二人の父親がいた、実の父親と父親役の男だ。この二人の存在がそれを知らない登場人物を翻弄するが、これを真也は見抜く。このようにストーリは複雑ですが、それを読み切らせるだけのページ数がありません。
一方、成井豊のストーリはこうだ。見栄を張ってウソをつくダメな父親をカオルは嫌いつつも仲直りしたいと思っている。カオルの心を覗いた真也は、カオルに仲直りするよう説得する。しかし、真也はカオルの心のすべてを理解できていたわけでなかったため、二人はもめ始める。しかし、二人は話し合うことでお互いを理解し、父親とも和解する。このようにストーリとしてすっきりしており、読んでいてわかりやすい。
二つの話を比べることによって、二人のストーリの構成力の違い、そして文章力の違いがはっきりする。こういった比較を読み手にさせてくれる、野心的な試みで勇気のある本だ。