kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



レトリック感覚:レトリックって何だ?

 「レトリック感覚 (講談社学術文庫)」(佐藤信夫著)は、言葉のマジックを記しただけでなく、メタファーによる発想の効果に気づかせる道しるべである。

レトリックとは何か?

 レトリックとは、”言葉のあや”である。具体例を挙げると、『ぜんぜん「自分らしく」ないじゃん』(24時間残念営業)から、

 あとこれはかなり個人的な話なんだけども、俺、音楽に「それを作った人たちの物語」が付随する状況って昔からすげえ苦手なのね。
(中略)
俺にとって音楽は「それがないとちょっとやばい」という意味で、メシ、とまではいわないけど、お菓子くらいにはあたる。で、お菓子食うときに、それにまつわる物語とか別になくていい。目の前にお菓子がある。食った。うめえ。まずい。それしかない。そのお菓子を作った人たちの匠の技とかそういうのはあくまで「食って感じる」ものであって、どこぞでうんちく仕入れてきて「ほお、なるほど」とか思いながら食うもんじゃないの。

 上の文章は、”俺、音楽に「それを作った人たちの物語」が付随する状況って昔からすげえ苦手なのね。”の説明を、音楽をお菓子に例えて行っている。この部分、私はとても上手だなぁっと思った。論理的に言えば、この部分を説明する必要って無いのだけど(個人の好みを述べているだけだから)、でもここで”お菓子”を例えに出すことで、読者にもその感情を共有させようとしている。この”お菓子”の部分がレトリックだと、本書を読んで思った。本書によれば、これはレトリックの機能の一つ、”説得する表現”にあたるだろう。

 別の例を、「桜の木の下には」(梶井基次郎)の出だし部分から、

 桜の樹の下には屍体が埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

 私は、満開の桜の花を見上げたときに、ハッと息をのむような迫力を感じます。この一種異様な迫力を、梶井基次郎は、「屍体が埋まっている」と表現したのだと思います。本書によれば、これはレトリックの機能の一つ、”芸術的表現”にあたるだろう。

本書の読みどころ

 著者の佐藤信夫は、上で述べたレトリックを学術的に説明しただけではなく、レトリックには”発見的認識の造形”という(一般には知られていない)機能があり、レトリックの機能に対する考え方が、他の分野(例えば映像や心理学)に応用可能かもしれないと主張している。

 まずは例を。川端康成の雪国から

よく見ると、その向うの杉林の前には、数知れぬ蜻蛉の群れが流れていた。

”蜻蛉の群れが流れていた”の部分がレトリックである。本来、蜻蛉は飛ぶ物であり、流れる物ではない。しかし、蜻蛉が群れて、固まって、一つの方向に、滑らかに、飛んでいる様子を、表すのに適切な既存の言葉が無くて新たに”流れる”という言葉を新たに用いた。これを”発見的認識”と佐藤信夫は表現しているように思う。

別の例を考えよう。”背筋が凍る”という表現がある。これもレトリックである。背筋は決して凍ったりしない、恐ろしさを感じる様子を”背筋が凍る”と初めて使ったのはだれだか分からないが、読み手の共感を得る名表現であろう。優れた表現は、多くの人に伝搬し繰り返し使われて行き、やがて辞書に載る平常表現となる。少し前に若者が使っていた”ヤバい”という言葉もレトリックであるが、平常表現となるまでには至らなかったようである。

映像のあや

 著者の佐藤信夫は、レトリックの考え方の応用として、映像のあやと呼ぶものに触れている。例えば、カウボーイ映画で、銃の穴が開いたテンガロンハットを写せば、その持ち主が銃で撃たれて死んだことを観客に伝えることができる。これが映像のあやである。
 私は、写真とそのタイトルにおいても、レトリック的な解説ができるのではないかと思っている。例えば、穏やかな海の写真に”海”というタイトルを付けるとレトリックでも何でも無いが、これに”復興”とタイトルを付けると、東北大震災で被害を受けたの海岸であることを伝えることができる。
 別エントリ「写真におけるレトリックの例:なぜ意味が分かるのか?」に、具体例を書いておく。

まとめ

 本書は、「こう書けばこういう効果がありますよ」とか「こういうときはこう書けば良いですよ」といったことを教えるテクニック本ではない。「レトリックとはこういうものですよ」と説明する教養書である。そのため、面白い文章を書く方法を探している人には向かない。自分だけの個性的な表現ができるようになりたい人に向く本である。
 一番印象深い内容は、「レトリックとは、従来は説得する技術そして芸術的な技術と考えられていたが、既成の言葉が無いときに忠実に感情を表現する技術でもある。」というもの。これは、言葉以外の例えば写真表現に応用することもできる。

レトリック感覚 (講談社学術文庫)

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メタファー思考 (講談社現代新書)

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