kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



日本の炎上政治は、残念

 「「炎上政治」と“脊髄反射”」(シロクマの屑篭)
 
「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名記事が炎上し、これが政治の場で取り上げられている。これについて、世論の収集方法として偏っている。これが上の記事の趣旨だ。

 集合知は炎上からは生まれない。ネットにより様々な知が集まり、集合知として昇華する。集合知により、社会は豊かになる。そんなことは無くなったのだろうか。個人がネット上で考察や意見を述べ、それに刺激されて新たな考察が生まれる。そうしてより合わさった知が、集合知である。
 「日本のネットは残念」。かつて梅田望夫氏が述べた言葉だ。日本では、ネット上で考察や議論が浅いことを評して「日本のネットは残念」と言ったのだと思う。上のブログのタイトル”脊髄反射”も、考えなしで反応している様子を表現したのだろう。
 かつて2ちゃんねるの発の言葉に「敵に回すと恐ろしいが、味方にすると頼りない」とネット民を表したものがある。一人一人が反射的に嫌いを表現する。好きに対する反応が鈍く、嫌いに対する反応が鋭い。そうして脊髄反射の嫌いが寄り集まって炎上が起こる。
 「ネットのバカ」(新潮新書)は、有名人のゴシップに群がるネットの人々を分析している。
 ネットのご利益である集合知を正立させるのは、一人一人の考察と意見である。脊髄反射の好き・嫌いからは集合知は生まれない、生まれるのは衆遇である。炎上政治とは衆遇政治となる。
 日本の炎上政治は残念なのだ。 

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