kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



「キャスターという仕事」:クローズアップ現代のキャスターによる「伝える」ことへの模索

 本書は、複雑な物事を単純化することなく分かりやすく伝えようと模索し続けた、国谷裕子さんが「伝える」ことに対して辿り着いた答えである。

 キャスターとは何だろう?アナウンサーとはちがうのだろうか?
NHKクローズアップ現代」という報道TV番組があった。23年間続いた人気番組だ。国谷裕子さんは、一人でそのキャスターを務めた。「クローズアップ現代」では、一回の番組に一つの話題を扱う。その話題に関わる事実をVTRで伝え、ゲストとして招いた専門家が話題の背景を伝えることで深みを示し、キャスターである国谷裕子さんが視聴者目線にたって情報をまとめる。
 著者の国谷裕子さんが「クローズアップ現代」のキャスターとして目指したのは、「わかりにくいことを、わかりやすくするのではなく、わかりやすいと思われていることの背景に潜む分かりにくさを描くことの先に知は芽生える」という言葉の実行である。
 複雑な物事を分かりやすく伝えるコツは、単純化することだ。例えば、会社が従業員を搾取している、のように会社(強者で悪者) vs 従業員(弱者で善良)という単純な2項対立で説明すると分かりやすい。そうではなく、国谷裕子さんが目指すのは、「わかりにくいことを、きちんと伝える」ことだ。
 「クローズアップ現代」では、話題の人を読んで国谷裕子さんがインタビューを行うことがある。国谷裕子さんは、インタビューで大切なことは、「聞くべきことを聞く」ことだという。インタビューの相手が政治家のような権力者であるとき、突っ込んだ質問をすることは難しい。失礼な質問だと思われるかもしれない。それでも、問題の輪郭を浮かび上がらせるために必要であれば、「聞くべきことを聞く」ことが大切だという。私は、この話を読んで、池上彰さんの選挙報道での政治家への質問が厳しいことを思い出した。

 この本の読みどころは、国谷裕子さんが様々な矛盾の中で、キャスターとは何をすべきかを模索し続けているところにある。

 結論をすぐ求めるのではなく、できれば課題の提起、そしてその課題解決へ向けた多角的な思考のプロセス、課題のもつ深さの理解、解決の方向性の検討、といった流れを一緒に追体験してほしい。そんな思いで私は、番組に、そして視聴者に向き合ってきた気がする。
 この思いは、たぶんに視聴者にある種の「もどかしさ」を与えてしまうだろう。

(15ページ)
 難しいことはすっ飛ばして正解を知りたい、そんな視聴者に、「結論をすぐ求めるのではなく」という国谷裕子さんの態度は、フラストレーションを与える。それが分かっていてなお、課題のもつ深さを理解して欲しく思い、国谷裕子さんが「伝え方」を模索している。本書には、一見小さく見えるテーマであっても、その先の影響の広さや背景の深さの気配を伝えようと問題を見極め、言葉を選ぶ姿勢が記されている。
 「クローズアップ現代」と言えば、やらせ疑惑を思い出す。「追跡“出家詐欺”〜狙われる宗教法人〜」の放送がそれだ。BPOの放送倫理憲章委員会により「事実を歪曲したもの」として、番組には「重大な放送倫理違反があった」と最終的に判断された。この点でも、本書の中で触れている。

報道番組のなかに持ち込まれている、わかりやすさの要請、その行き着く先として、目立つもの、面白さを追い求める風潮に流されてしまっているのではないだろうか。

事件の要因を上のように述べている。「面白さを追い求める風潮」に流されないための議論がNHK内で不足している、と警鐘を鳴らしている。

まとめ

 「クローズアップ現代」で、国谷裕子さんは、「わかりにくいことを、きちんと伝える」ことを目指した。ライターやブロガーなどの「伝えること」を行う人には、参考になる本である。

おまけ

 やらせ疑惑があったこともあり、「クローズアップ現代」は「クローズアップ現代+」へ模様替えが行われた。この模様替えで、国谷裕子さんをキャスターからおろし、NHKアナウンサーをキャスター役に据えた。
 キャスターとは何だろう?アナウンサーとはちがうのだろうか?
 奇しくも、「クローズアップ現代+」の苦戦が伝えられている。

 『クローズアップ現代+』は昨年3月に国谷裕子キャスターが降板後、リニューアルされた。7人の女性アナウンサーが交代で司会を務めたが、視聴率は低迷していた。

 「国谷裕子さん降板後の『クロ現』は失敗でした。国谷さんの問題意識にあふれた進行には緊張感があり、ゲストもテーマをよく知る専門家や当事者が招かれていた。

 それが、キャスターを交代制にし、民放の番組のように直接テーマを知っているわけではないコメンテーターが出演するようになって、物足りなくなっていました。

 今回は武田アナを起用して、もう一度、きちんとした報道をやろうという局の意思の表れだと思います」(元日本テレビディレクターで上智大学教授の水島宏明氏)

(「視聴率ガタ落ち!脱・籾井のNHK ニュース番組「勝負の大改編」 アナウンサー10人が異例の「民族大異動」」(YAHOOニュース))