kotaの雑記帳

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『道徳教育はホントに道徳的か?』(松下良平)の感想:学校の授業は洗脳だった

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 松下良平さんの著作「道徳教育はホントに道徳的か?」は、日本の道徳教育の問題点を鋭く指摘し、現代社会における道徳のあり方を再考する内容です。

内容の要約

 この本は、学校で教えられる道徳教育が本当に道徳的であるかを問い直します。松下さんは、道徳教育がしばしば形式的であり、実際の道徳的行動を促すものではないと批判しています。彼は、道徳教育が「反利己主義」や「利他主義」を強調しすぎることで、個人の自主性や批判的思考を抑制していると指摘します。また、道徳教育が市場モラルに基づいており、ルールや規範意識を強調することで、社会の閉塞感を助長していると述べています。

 

 この本の特徴

 この本の特徴は以下です。

  • 批判的視点: 松下さんは、従来の道徳教育の枠組みを超えて、より広い視点から道徳を考えることを提案しています。
  • 歴史的分析: 戦前・戦後の道徳教育の変遷を詳しく分析し、その問題点を浮き彫りにしています。
  • 市場モラルの批判: 現代社会における市場モラルの影響を批判し、ルールに従うことが必ずしも道徳的ではないことを示しています。

 

市場モラルの影響とは?

 松下さんは、現代社会における道徳教育が市場モラルに大きく影響されていると指摘しています。市場モラルとは、経済活動や市場のルールに基づく価値観や行動規範のことを指します。具体的には、以下の点が挙げられます。

  1. 競争と効率の重視: 道徳教育が市場の競争原理を反映し、効率や成果を重視する傾向があると述べています。これにより、他者との協力や共感よりも、個人の成功や利益が優先されることが多いと指摘しています。
  2. ルール遵守の強調:市場モラルでは、ルールや規範を守ることが強調されますが、松下さんはこれが必ずしも道徳的行動につながるわけではないと述べています。ルールを守ることが目的化し、内面的な道徳的成長が軽視される危険性があるとしています。
  3. 利己主義の助長: 市場モラルが利己主義を助長する側面があると指摘しています。個人の利益追求が正当化されることで、他者への配慮や社会全体の福祉が二の次になることがあると述べています。

 松下さんは、これらの市場モラルの影響が、道徳教育の本来の目的である人間の内面的な成長や社会的な共生を妨げていると強調しています。彼は、道徳教育が市場モラルから独立し、より人間的で共感的な価値観に基づくべきだと提案しています。

 

ルールを守ることが必ずしも道徳的でない理由

 ルールを守ることが必ずしも道徳的でない理由として以下の点が挙げられています。

  1. 内面的な動機の欠如
      ルールを守ることが外部からの強制や罰則を避けるためだけであれば、内面的な道徳的成長や自己反省が伴わないことがあります。真の道徳的行動は、内面的な価値観や信念に基づくものであるべきです。
     例えば、ある学生がカンニングをしないのは、罰を受けたくないからという理由だけであれば、その行動は道徳的とは言えません。真に道徳的な行動は、誠実さや正直さを大切にする内面的な価値観に基づくべきです。
  2. 状況に応じた判断の欠如
     ルールは一般的なガイドラインとして有用ですが、すべての状況に適用できるわけではありません。状況に応じた柔軟な判断が求められる場合、ルールに固執することがかえって非道徳的な結果を招くことがあります。
     例えば、緊急時に病院に急ぐために交通ルールを一時的に無視することが必要な場合があります。この場合、ルールを厳守することがかえって人命を危険にさらすことになります。
  3. ルールの不完全性
     すべてのルールが道徳的に正しいわけではありません。歴史的に見ても、不公正なルールや法律が存在してきました。ルールを無条件に守ることが、必ずしも道徳的な行動とは言えない場合があります。
     歴史的な例として、アパルトヘイト時代の南アフリカでは、人種差別的な法律が存在しました。これらの法律を守ることが道徳的であるとは言えません。むしろ、不公正なルールに対して抗議し、変革を求める行動が道徳的であると言えます。

 このように、松下さんはルールを守ることが必ずしも道徳的でない理由を挙げ、状況に応じた柔軟な判断や内面的な動機の重要性を強調しています。

 

感想

 私も学校の道徳の時間に、利他的な行動(他人の得のために自分の損を顧みない行動)をすべきだと教えられた、記憶があります。また、親や教師など上位の者に従うことの大切さも強調されていました。

 また、最近のホワイト社会では、ルールや規範を守らない人をバッシングする人を散見します。これは、ルールを無条件に守ることが正しいという思い込みが、自分を正義でルールを破るものを悪とみなすことにつながった結果なのだろうと思います。

 そもそも道徳的とは、善悪の判断基準に基づいて、善である行動を行うことですが、善とは何か?という視点が抜け落ちやすいように思います。善とは何か?については、難しい話題であり、哲学者の中でも意見が分かれます。ルールや規範で明文化できるほど、善は簡単ではないのです。これについては、宜しければ別記事もご参照ください。

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(冒頭の写真はAI(Microsft Designer)で生成)