kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



パルスオキシメーターを買ってみた

 パルスオキシメーターを買いました。買ったのは、ダイキンのライトテックDP1です。

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ダイキンのパルスオキシメーター ライトテックDP1



 新型コロナウィルスに感染すると肺炎を起こすことがあります。ところが、自覚症状が無い場合があって、微熱しか出ないし呼吸も苦しくないのに、肺の機能が落ちている場合のあることが良く知られています。

 パルスオキシメーターは、肺の機能を知ることができる測定機器です。具体的には、血液中に酸素が十分に取り込めているか(酸素飽和度:SpO2)を測ることができます。この値が、95%を下回ると医療機関にかかる必要があります(詳しくは、【パルスオキシメーターの使い方|ご自宅で療養される方へ/千葉県 (chiba.lg.jp)】をご覧ください)。

 

 気づかないうちに肺機能が低下しているのも怖いため、パルスオキシメーターを購入することにしました。

 

 さて、ダイキンがパルスオキシメーターを作っていることに、意外な印象を持つ人もいると思います。しかし、この機器は国の承認機器(医療機器認証番号:302AHBZX00002000)なので、測定精度に問題はありません。

 

 さて、使い方ですが、指を入れるだけととても簡単です。電源スイッチを入れる必要もなく、指を入れると自動で電源が入り測定を開始します。5秒ほど経つと測定結果が表示されます。また、指を抜くと電源が自動で切れます(とても簡単!)。

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パルスオキシメーターの使い方

 

 私の測定値は大体98%~99%ですが、試しに30秒ほど息を止めてから測ると95%に落ちていました。結構苦しさを感じるまで息を止めてこの値ですから、95%を下回ると病院に診てもらわなければいけないことが実感できます。

 

 このパルスオキシメーターは、白い外箱に入って届きました。ちょっとお洒落なデザインです。

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外箱

 

まとめ

 ダイキン工業のパルスオキシメーターを買いました。測り方は、指を入れるだけという簡単さで、さらに測定時間も5秒ほどと短く、使いやすいです。

 

 

「モダンタイムス」(伊坂幸太郎)の感想:ヤバいヤバい、検索したら襲われる

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 伊坂幸太郎の小説を10冊ほどまとめて読みました。面白いですね、彼の小説。

 この記事では、「モダンタイムス」について感想を書きます。これは、小説「魔王」から50年後のことを描いていますが、「魔王」を読まなくても十分楽しめます。伊坂幸太郎が、タイトルを「モダンタイムス」とした意味を考えながら読むと、一層楽しめます。

 

あらすじ

 会社の先輩が失踪した。システム会社に勤める渡辺拓海は、その先輩の仕事を引き継ぐことになった。それはある出会い系サイトの仕様変更だった。しかし、客先から提供される情報が少なく、プログラムを完成させることができない。顧客は、神を意味するゴッシュという名の会社。そんな中で、そのサイトを検索した上司や同僚が次々に不幸に襲われる。

 

登場人物

  • 渡辺拓海:システム会社の社員。会社の同僚 桜井ゆかりと浮気している。
  • 渡辺佳代子:拓海の妻。浮気する男を何よりも嫌い、夫が浮気していないか常に疑っている。
  • 五反田正臣:渡辺拓海の先輩。優秀なシステムエンジニア。
  • 永島丈:国会議員。中学校襲撃事件を解決した英雄。

 

感想

 小説は、カッコいいフレーズから始まり、

実家に忘れてきました。何を?勇気を。

 そして、小説の最後は、これに呼応したフレーズで締められます。

「勇気は彼女が」と妻の佳代子を指差した。「彼女が持っている。俺が無くしたりしないように」

 洒落たフレーズが小説中に散りばめられている、これが伊坂幸太郎の持ち味。フレーズのひとつひとつが洒落ているだけでなく、他の何かとつながっている、つまり伏線が張られている、ことも多い。例えば、“人生は要約できない”というフレーズは、色んな場所で効いています。例えば、安藤詩織が自分の夫の潤也がこれまで何をしてきたかと問われて、「まあ、いろいろあったんだよね」と答えるところがありますが、人生が要約できないからこそ、こう答えるしかなかったのでしょう。また別の答え方をしているところでも、“人生は要約できない”が効いています。

「そう。私と潤也君の三十代は、そんな試行錯誤の日々だったんだよね」

「四十代になってどうなったんですか」

「それはね」意味ありげに安藤詩織はそこで間を空けた。私の反応を楽しんでいるのだろう。「やっぱり試行錯誤の日々」

 小説中のお洒落フレーズと伏線を探しながら読むと、この小説は一層楽しめると思います。

 

 「そういうことになっている」、これは小説のキーワードです。

 ユヴァル・ノア・ハラリ氏の書いた「サピエンス全史」では、人類は虚構を信じることによって発展してきたと書かれています。虚構とは、現実には存在しないけれど皆が信じているものを指す。例えば、国も虚構です。人類の多くがそう信じることで、日本という国が成立しています。言い換えれば、日本という国が存在する「そういうことになっている」わけです。

 資本主義、お金、宗教、そういったものすべてが実体のない虚構であって、実体がない(つまり、根拠や理由がない)からこそそれを壊すことは難しい。これらをなかったことにすることは不可能で、別の虚構で置き換えることしかできない、そう感じます。

 小説のタイトル「モダンタイムス」は、チャップリンの同名映画に由来すると思います。チャップリンは、この映画でシステムの中の細分化された一部、つまりシステムの歯車となって人を働かせる社会では、個々の人間性が失われている、と皮肉っています。システムの一部となることで、自分の仕事を「そういうことになっている」と思考停止して実行することは、システム全体としてとんでもない機能を果たすことに通じるという怖さを描いたのでしょう。

 

 さて、桜井ゆかりはなぜ渡辺拓海と浮気したのか?という点が謎です。

 桜井ゆかりとの浮気話により、妻 佳代子の異常さが際立ちます。その佳代子の壁を突破するために、莫大な金と手間をかけて桜井ゆかりは渡辺拓海にアプローチするわけですが、私には渡辺拓海のある特殊な能力を手に入れるためと思えます。

 また、佳代子はなぜ拓海と結婚したのか?というのも同様の謎です。佳代子は「あなたには特別な能力がある」と繰り返し言います。その特別な能力とは、拓海の超能力のことのように思えます。

 このあたりは、行間を好きに読んで勝手に想像すれば良い部分でしょう。あなたは、どう思いますか?

 

 最後に、この小説は「魔王」から50年後の世界として描かれています。私は、この小説を読んでから、魔王を読み、もう一度この小説を読んだのですが、魔王を読むと一層深くこの小説のことが分かって面白い。

 安藤潤也は莫大な金を、世の中をよくするためにあるいはスカートを直すために使いたいと言っていたと、安藤詩織が言うシーンがありますが、スカートを直すとはどういうことか魔王を読むと分かります。

 

名言

あなた、ロボット?充電式?じゃないわよね?だったら、考えるのよ

 私たちがネットを検索するとき、分かり易い記事をついつい探しています。分かり易いことの裏側には複雑なことや色々なことがあったりしますが、そういうところは無視して分かり易い所だけ読みがちです。ロボットじゃないのなら、考えたいものです。

 

まとめ

 伊坂幸太郎の「モダンタイムス」を読みました。

 システムの歯車として仕事をこなす人と、そんな人が集まったシステムとしての社会の機能の対比が面白い小説でした。

 洒落た会話が散りばめられていて、ストーリーだけでなく表現に注意して読むのも楽しい。

 

 最後に

 誤字脱字等ありましたら、コメントを頂けると嬉しいです。都度直します。

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

 

 

「魔王」(伊坂幸太郎)の感想:流されるな、考えろ考えろ。

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 伊坂幸太郎の小説を10冊ほどまとめて読みました。面白いですね、彼の小説。

 この記事では、「魔王」について感想を書きます。伊坂幸太郎と言えば、洒落たセリフと伏線が散りばめられた楽しいサスペンスですが、この小説は、それらとは違ってハードな内容です。好きな人と嫌いな人が分かれる本かなと思います。

 

あらすじ

 「魔王」とそれから5年後を描いた「呼吸」からなる。

 日本が世界からバカにされている。中国は日本の海から資源を盗み、アメリカは日本を何も決められない国だと蔑む。見返してやるというムードの中で世の中は物騒になっていく。それと呼応するように、日本は強くあらねばと主張する若い政治家が現れ、人気を集める。この雰囲気を気持ち悪く感じる安藤は、自分のある能力に気づく。腹話術と呼ぶその能力は、念じるだけで他人の言葉を操ることができる。腹話術使いの安藤は、政治家に挑むため彼のもとに向かう。

 もう一つの短編「呼吸」では、それから5年後の安藤の弟、潤也を描く。潤也は、滅法ジャンケンが強い。ある日、確率を操る自分の能力に気付き、妻 詩織と共にこの力を開発していく。

 

登場人物

  • 安藤 兄:腹話術と呼ぶ能力に偶然気付く。弟 潤也と二人暮らし。物事を考えに考える性格。
  • 安藤 潤也: 直感で生きており、記憶力が良い、弱音をすぐ吐く。恋人の詩織と後に結婚する。
  • 詩織:潤也と結婚前から安藤兄弟の家に入り浸る。無邪気な性格で、潤也のことが大好き。
  • 犬養舜二:政治家、日本の今の政治家を責任を取らないと強く批判する、自分なら5年で日本の景気を良くすることができる、もしできなかったら自分の首をはねろと過激な主張をする。頭角を現していくが、誰かに者の守護に守護されているのかもしれない。

 

感想

 人は世間のムードに流されてしまい、流された人がさらに世間のムードを強化していく。そうやって世界は、ゆっくりとだが、大きく変わっていく。これが作者の言いたいことだと思う。

 この本を読みながら、頭に浮かぶのは、アメリカの元大統領ドナルド・トランプ(2017年~2021年在任)のことです。トランプは、"Make America Great Again"をスローガンに、低所得層の白人の支持を得るため、アメリカをダメにしたのは、メキシコなどからの移民や中国などの外国と主張した。また、新型コロナウィルスを中国ウィルスと呼び、新型コロナウィルスの発生源は中国であると非難した。

 集団の外に敵を設定するのは、集団の結束力を高める常套手段ですが、トランプはこれを実践した。その結果、アジアンヘイトと呼ばれるアジア人への暴行や、民族の分断が深まりました。

 この小説の中でも、アメリカ人が襲われる様子が描かれており、そのきっかけになったのが日米のサッカーの試合であることは、スポーツがナショナリズムの高揚に適した手段として、ナチスのヒトラーもオリンピックを重視したことが思い出されます。日本でも、ラグビーワールドカップやサッカーの試合があれば、マスコミをはじめ皆が”ニッポン、ニッポン、ニッポン”と連呼しますしね。

 また、フェイクニュースからのヘイトの様子が描かれており、2005年に書かれた小説とは思えない、今でも通じる小説です。

 

 この小説のプロローグには、二つの言葉が記されています。

「とにかく時代は変わりつつある」 『時代は変わる』ボブ・ディラン

 

「時代は少しも変わらないと思う。一種の、あほらしい感じである」 『苦悩の年鑑』太宰治

 この正反対な言葉は何を意味しているのでしょうね?

 私は、世界は変化し続ける、一方で世の中のムードに人は流されるという点は変わらない、と言っているように思います。

 

 詩織ちゃんのキャラクターもこの小説の魅力です。

 結婚前の詩織ちゃんは、無邪気な女の子として描かれていますが、5年後の「呼吸」ではグッと落ち着いた大人の女性として描かれています。

「兄貴は、世の中を小難しく考えることだけが生きがいなんだ。だから、難しい顔になる」潤也が詩織ちゃんに説明した。「マグロが泳いでねと死んじゃうのと一緒で、兄貴は考えてねえと死んじゃうんだ」

「マグロと一緒なんてすごい!」詩織ちゃんが口を縦に広げて、感心する 

(35ページ)

  

 「呼吸」では、詩織ちゃんが潤也の呼吸に意識を向け彼を感じる様子が度々描かれています。こういったところに、詩織ちゃんは潤也が好きなんだなと思わせます。

時計を見ると夜の一時だった。窓にはカーテンが閉まっているが、廊下の電気を点けたままだったので真っ暗ではない。潤也君は瞳を閉じ、鼻を布団にくっつけていた。薄茶色の毛布がゆっくりと、隆起する地面さながらに浮き、そしてしぼむ。私は知らず、自分の呼吸も合わせている。

(219ページ)

”シートベルトの締められた胸が、呼吸に合わせ、ゆっくりと上下する。せわしくもなければ、のろくもない絶妙の間隔で息が続く。眺めているうちに、釣られて眠りそうになった。

(266ページ)

 潤也君の呼吸の音が聞こえ、はっとし、前を見た。

 瞬間、目の前が光る。室内であるはずの光景が、一面真っ赤な荒野に変わった。 (351ページ)

 

 また、この小説には、宮沢賢治の詩「目にて云ふ」が出てきます。青空文庫から全文を引用します。

だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。

吐血して死にかけている私は、声が出せないので、治療をしている医者に眼で言う、そういうシチュエーションです。他者からは苦しそうに見えるが、当事者の私は穏やかな心持ちでいるという、他者と当事者の不一致を表しています。

 小説内での引用のされ方から想像すると、安藤兄の穏やかな気持ちを表しているのでしょう。考え抜いて、やるべきことをやろうとする、これが穏やかさにつながっているのかもしれません。

 

 そうそう、伊坂幸太郎の小説「死神の精度」の千葉がちょこっと登場します。こういうところに、クスっときます。

 

 最後に、小説のタイトル「魔王」について。これはどういう意図でこのタイトルが付けられたのでしょうね?

 魔王と言えば、シューベルト作曲で、父親と馬に乗る子供が魔王がいると父親に訴えたが信じてもらえず、屋敷に帰った時には子供は死んでしまう、という内容です。世間のムードの危険さを訴えたが、誰にも(弟の潤也にも)信じてもらえなかった安藤兄を、この子供に重ねているのだと思います。

 

名言

 小説中で、考えることに関する言葉が多く出てきます。

「何でもかんでもインターネットで調べる世の中で、だんだん情報とか知識が薄っぺらくなっているじゃないか。(略)」

(55ページ)

『もし万が一、お前の考えが、そこらのインターネット出た知識や評論家の物言いの焼き増しだったら、俺は、お前に減滅する。おまえは、お前が誰かのパクリでないことを証明しろ』

(299ページ)

おまえ達のやっていることは検索であって、思索ではない

(333ページ)

 例えば、アンケートで賛成・反対・分からないの3つの選択肢があったとき、分からないを選ぶ人はかなり多い。検索して答えが出ないことについて、自分の意見が言えないのでしょう。最後の「検索であって、思索ではない」を読んで、そんなことを考えます。

 

「兄貴、俺さ、『今まで議論で負けたことがない』とか、『どんな相手でも論破できる』とか自慢げに話している奴を見ると、馬鹿じゃないかって思うんだよね」

「どうしてだ」

「相手を言い負かして幸せになるのは、自分だけだってことに気づいていないんだよ。理屈で相手をぺしゃんこにして、無理やり負けを認めさせたところで、そいつの考えは変わらないよ。場の雰囲気が悪くなるだけだ」

(46ページ)

 これは、潤也の言葉です。考えて意見を持つだけじゃなく、その意見を上手に使えない人は多くいますね。私も反省です。

 

「でもよ、この道をあと何年進もうと、カッコいい大人には辿り着かない気がするんだ」(119ページ)

 学生時代は、高校や大学進学、そして就職といった外部システムのおかげで、自分が進歩している気分になれますが、就職してからは自分の進歩を感じることはなかなか難しい。あと100年、いまの生活を続けたとして何か進歩しているのか、自問自答したくなるセリフです。

 

まとめ

 伊坂幸太郎の小説「魔王」を読みました。これは、彼の他の小説とは、少し雰囲気の違っていました。気の利いたセリフと伏線を散りばめた楽しいサスペンスというより、もっとハードな内容でした。

 また、行間を読む余地が多く、色々な想像をしながら楽しめます。例えば、安藤兄がいなくなった後、犬養は、私を信用するな自分の頭で考えろ、と演説しますが、これは犬養の考えなのか、それとも安藤兄が腹話術でしゃべらせているのか、どちらとも取れます。また、潤也は、安藤兄の思い出を蘇らせながら力をつける意思を固めていきますが、これも潤也の意思ではなく、安藤兄に操られているのかとも感じます。いずれにしても、安藤兄の想いは残ったということなのでしょう。

 また、ハードの内容ながら、詩織ちゃんは潤也君が好きなんだなぁと思わせる描かれ方をしていて、好感が持てます。

 この小説と世界線のつながった「モダンタイムス 」は、いつもの洒落たセリフと伏線の散りばめられた伊坂幸太郎らしい小説で、こちらも読むと物語が広がって楽しい。

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

 

 

「終末のフール」(伊坂幸太郎)の感想:目的を持った行いは脆い

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 伊坂幸太郎の小説を10冊ほどまとめて読みました。面白いですね、彼の小説。
 この記事では、「終末のフール」について感想を書きます。

 

あらすじ

 8年後に小惑星が地球に衝突し人類は滅びる、と予告された。自暴自棄になった者や世を儚む者が街に溢れ、世界はパニックに陥った。しかし、それも長くは続かなかった。予告から5年後には、倒れるべきものは死に、残された者は一応の平穏の中で暮らしている。

 滅亡まで残り3年、仙台ヒルズタウンにあるマンション住人たちの異常事態の中の日常を描く8編の短編小説です。


感想

 目的を持った行いは脆い。本を読みながら私は思った。

 大学に入るために勉強する、モテるためにダイエットする、お金を得るために働く、といったように何かをする時その向こう側には目的があります*1。では、私たちは何のために生きているのでしょうか?

 ”人は、自分が死ぬことを忘れて生きている”と仏教学者の佐々木閑は言います。人は、死ぬことを忘れることで、生きる目的も忘れているのでしょう。


 さて、重くなりがちなテーマを、伊坂幸太郎は軽やかに描いています。


 第1話目は小説と同名の短編「週末のフール」です。”誰の金で食わせてもらっているんだ”と妻や子供に言う昭和の価値観を持っていそうな夫が主人公。会社で他人より出世することが人生の価値、勉強できる子供には価値がある、そんなステレオタイプな価値観が彼に染みついているように思えます。彼にとって娘は自分の美点のアイコンであり、息子は汚点のアイコン。それなのに、娘は彼を嫌い反抗する。

 この短編は、あと3年しか生きられない中で、家族は和解すべきかそれとも和解などしなくて良いのかを問うています。倫理は、人が生きていくためのものであるとしたら、死にゆく人に倫理は不要なのかもしれない、そんなことを考えてしまう。

 なかでも、登場人物が次のセリフを”ひときわはっきり言った”部分は、印象深い。果たして、3年後には許すのか?それとも最後まで許さないのか?

「私は簡単には許さないですから」

(45ページ)


 第2話目は「太陽のシール」。ずっと子供が欲しかった30代の夫婦、その妻 美咲がやっと妊娠した。後3年しか生きられないというのに。産むべきか、産まざるべきか。人一倍、優柔不断な夫 富士夫は悩む。新しい命に恨まれないのはどちらの選択だろうか? この短編は富士夫の下の文章から始まる、果たして富士夫は決められるのでしょうか。

選択できるというのは、むしろ、つらいことだと思う。

(48ページ)

 夫と違い決断できる美咲、その度量の大きさが清々しい。「わたしはどっちてもいいんだ」と、選択の結果生じる結果の差を無視できる人なのでしょう。惑星の衝突が発表され、人々が少しでも被害の少ない場所へと逃げようとしているとき、美咲は逃げずにマンションに住み続けることを選択します。このときの美咲の言葉と続く富士夫の想いが、心地良い。

「隕石は落ちてこないし、ここで二人で暮らすのはきっと楽しいよ」

 彼女の言葉は一つ当たって、一つ外れた。隕石は落ちてくる。正解発橋井。まあ、同じ一勝一敗でも逆よりはましかもしれない。

(64ページ)

 

 第3話は「籠城のビール」。暴漢が、とある一家を襲い、一家への恨みを晴そうとする。

 恨みのある相手を襲って殺す、相手の寿命を縮めると言う意味で恨みを晴らす方法ですが、後3年で皆が死ぬ状況で、それは恨みを晴らしたことになるのでしょうか? この状況では、恨みを晴らすことすらどうすれば正解なのか不明瞭。そんなことに気付かされる短編です。


 第4話は「冬眠のガール」。遠い目標でなく、すぐ近くの目標を決めそれをひとつづつやろうとする女性 美智。家にある本をすべて読む、という目標を達成した後に立てた目標は、恋人を作るだった。

 さて、後3年しか生きられないのに、恋人を作る意味はあるのでしょうか? 私には分かりません。恋愛至上主義者も、隕石が落ちてくる世界では恋愛に興味を失う気もします。

 

 第5話は「鋼鉄のウール」。ストイックに練習するキックボクサー苗場は、小惑星が衝突すると知っても練習を続ける。

 とにかく苗場がカッコいい。小惑星の予告がされる前の次の部分が特に好きです。

「苗場君ってさ、明日死ぬって言われたらどうする?」

(中略)

「変わりませんよ」苗場さんの答えはそっけなかった。

「変わらないって、どうすんの?」

「僕にできるのは、ローキックと左フックしかないですから」

「それって練習の話でしょ?というかさ、明日死ぬのに、そんなことするわけ」可笑しいなあ、と俳優は笑ったようだった。

「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」(中略)「あなたの生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」

(220ページ) 

 

 第6話は「天体のヨール」。小惑星が落ちてくることを楽しみに待つ二ノ宮は、天体オタク。こんな近くで小惑星を観察できるチャンスが来るなんて最高だ。

 二ノ宮の小惑星を観察する行為には目的が無い。観察したいから観察する、ただそれだけ。観察と、その後の人生に関係がないから、人生を終わらせる小惑星を楽しいに待てるのでしょうね。


 第7話は「演劇のオール」。役者を目指したが叶わなかった倫理子は、近所の住人の孫役を演じている。他にも、お母さん役や姉妹役を演じて一日を過ごしている。つまり、家族ごっこだ。家族ごっこは、本当の家族を作るのか?

 この短編には、洒落た表現が多くて好きです。例えば、

無名劇団から有名役者となることを目論んだ。八面六臂の大活躍とは、とうていいかず、むしろ七転八倒の毎日、というか、やけ酒が五臓六腑に沁みわたる、というかそんな具合だった。

(275ページ)

作者が言葉で遊んでいるのが可笑しい。それに実際、下北沢にはこんな人がたくさんいそうですしね。

 また、恋人ごっこをしている男のベッドから朝起きる時、男が別の女の名前を呼んだ場面も、軽くて好きです。

おそらくは、あの写真の女性の名だろう。わたしは自分でも驚くくらいに、そのことにショックを受けず、まあそういうものかな、と思った。(中略)

 ただ、そのまま聞き流すのも嫌なので、玄関から出る際に(中略)「じゃあね、宗明」と以前交際していた彼氏の名前を呼んでみた。

(297ページ)

 
 第8話は「深海のポール」。ビデオ屋の店長 渡部の父は、小惑星衝突の時には最後に死ぬのだと言って、屋上に櫓(やぐら)を立てている。衝突の際の津波が来た時には櫓に上って、町が沈むのを見るのだと。

 櫓を立てる意味が最初は分からなかったのですが、彼は生き残ることに必死なのだと感じます。生き残るというのはジタバタするし、みっともない。それでも生き残ろうとするべきなのだと、作者は言っているのでしょう。


考察

 まずは、小説のタイトル「終末のフール」とはどういう意味でしょうね。私はフール=foolと感じています。つまり、終末にジタバタする馬鹿者という意味。最後にジタバタするのは、生きたいと願うのは動物の本能故ですが、3年後を考えてジタバタするのは人間だけでしょう。理性的に考えれば、今日一日を頑張って生きるしかないのですが、この”頑張る”というのが具体的に何をすることなのか、思いつく人は稀でしょう。小説中にも次のようにあるように、何をしてよいのか分からず時間を持て余すのが人間なのだと思います。

彼もやはり、時間を持て余しているのかもしれない。あと二年ほどで小惑星が地球に衝突する、という状況で、「時間を持て余す」とは冗談にしか聞こえないが、でも、だからといってやるべきことがないのも確かだ。

(323ページ)

 

名言

 「死ぬのは怖いが、不安は消えた」という土屋は言う、その直前の言葉がカッコいい。

「リキは病気を抱えているけどな、俺たちは毎日楽しく暮らしているんだ。負け惜しみとか強がりじゃなくてさ、本当に俺たちは楽しく暮らしているんだぜ」

(80ページ)

楽しく暮らすために必要なものは何かを考えさせられます。残りの人生をどう過ごすかではなく、今をどう過ごすか、明日のために今をどう過ごすかではなく、今のために今をどう過ごすかが大切なのだと感じます。


まとめ

 伊坂幸太郎の「終末のフール」を読みました。3年後に小惑星が地球に衝突し、世界は滅亡する。こんな設定の下、人々がどう暮らすかを描いています。

 普段、人生はずっと続くと思いがちな私たちですが、あと3年と明確な終わりがあるとき、どんな価値観を持ち、何をして時間を過ごせばよいのでしょうか。実際は、何を精いっぱいすればよいのか分からずに、”時間を持て余す”のではと私は思います。

 テーマが重いにもかかわらず、これを軽やかに描く作者の筆力にも感心しました。

 最後に、短編の名前がどれも「○○の〇ール」となっているのは作者の遊びでしょう。もし私がこの小説に名前を付けるとしたら「人生のエール」でしょうか。。

終末のフール (集英社文庫)

終末のフール (集英社文庫)

 

 

追記

 本屋大賞の7位(2021年)に「滅びの前のシャングリラ」(凪良ゆう)が選ばれました。これも隕石が地球に落ちてもうすぐ人類滅亡という設定ですね。似た設定のこの二つを読み比べるのも面白そうです。

*1:目的と手段を混同しないようにとか言われますしね。

「バイバイ、ブラックバード」(伊坂幸太郎)の感想:5人の女と付き合う男は、謎の大女と別れを告げるため恋人を巡る

バイバイ、ブラックバード


 伊坂幸太郎の本をまとめて10冊ほど読みました。面白いですね、彼の本。この記事では「バイバイ、ブラックバード」の感想を書きます。

 

あらすじ

 5人の女性と同時に付き合う男、星野は<あのバス>に連れていかれる前に望みがあった。それは、彼女たちに会って別れを告げることだった。別れの場に同席するのは、身長190センチ体重200Kgの巨大な女、繭美。繭美に見張られながら星野は5人の女を巡る。

 

登場人物

  • 星野一彦: 5人の女性と付き合う男。もうすぐ<あのバス>に連れ去られる。
  • 繭美:星野の見張り役。身長190センチ体重200Kgの巨大な体を持ち、常識や品性、色気のない女。
  • 星野と付き合っている女5人(廣瀬あかり、霜月りさ子、如月ユミ、神田那美子、有須睦子)

 

感想

 この小説は、太宰治の1948年の小説「グッド・バイ」のオマージュ作品。「グッド・バイ」も複数の女性と付き合う男が、別れを告げるため夫々の女性のもとを巡ります。ただし、登場人物のキャラクターは大きく異なっていて、それを頭に入れて読むと、本小説の特徴が分かって一層面白い。

 主人公を比較すると、下のように真逆の性格をしています。なんとなく良い人でフワフワ生きている感じの星野一彦に対して、田島周二はアグレッシブに富と女を求める性格です。この性格差のため、女性と別れる態度も随分と違っています。

小説 主人公 キャラクタ設定
バイバイ、ブラックバード 星野一彦 独身(おそらく)、積極的に女を口説いたりしない、優しい良い人、借金がある。<あのバス>に連れ去られるため、恋人たちと別れを決心する。
グッド・バイ 田島周二 先妻とは死別し二人目の妻を持つ、女好き、抜け目のない性格、闇商売で大儲けしている、愛人を10人近く養っている。金儲けも遊びも十分したため、そろそろ別居中の妻と同居をしようと考え、愛人たちとの別れを考える。

 

 別れの場に同席する女を比較すると、性格は似ていますが美醜が大いに異なります。がっちりした体格の繭美に対してほっそりしたキヌ子、でも違うのはそこだけ。どちらも怪力を持ち粗野な性格です。別れの場に女が同席する理由はどちらも同じで、この女と結婚すると言えば、恋人たちも諦めて別れてくれる、と考えたから。

 さて、彼氏から別れを告げられた女性は、女性らしくない女と結婚するからと言われるのと、絶世の美女と結婚するからと言われるのとでは、どちらが諦めがつくのでしょうね?

小説 別れに同席する女 キャラクタ設定
バイバイ、ブラックバード 繭美 背が高く、がっちりした体格、怪力の持ち主、下品で非常識な性格、上層部に命じられ星野を見張る。
グッド・バイ 永井キヌ子 背が高く、ほっそりしている、すごい美人、怪力の持ち主、声質が悪い、普段は泥々のモンペにゴム長靴を履いている。田島に雇われて別れの場に同席する。

 

 繭美は身長190センチ体重200Kgの巨漢で、怪力の持ち主。複数人の男と戦ってもやっつけてしまうプロレスラー並みの体格をしています*1。星野は、痩せれば繭美も見栄えがするかもと思ったけれど、痩せる繭美を想像できずに、こう思います。

それこそ、「奈良の大仏が痩せたら、スリムなジーンズが穿けるだろうね」というのと同様の、意味のない仮定の話にしか思えなかった。

(27ページ)

この表現はユーモアがあって私は好きです。

 

 星野の5人の恋人は、性格も抱える事情も様々で、別れを告げられた際の反応も多様です。

 

 一人目に別れを告げられたのは廣瀬あかり。小説は、二人が出会った日のことから始まります。廣瀬あかりは、”鹿狩り”は分かるが”紅葉狩り”という表現はおかしい、紅葉鑑賞に”狩り”という言葉を使うのに違和感があると星野に訴えます。そして、すったもんだあって廣瀬あかりと別れた後で、星野はこう思う。

初めて会った、あの日だ。「紅葉狩りって言うのは変だよね。絶対、変だよね。」と主張する彼女を眺めながら、温かい気分になった。いつかこの子と、紅葉狩りに行ければいいのにな、と想像していたものだったが、結局それも叶わなかった。

(59ページ)

恋人と別れたときに相手の良いことを思い出す、それはきっと良い付き合いだったのでしょう。少なくとも星野にとっては。

 

 二人目に別れを告げられたのは、霜月りさ子。出会いは、映画「フレンチ・コネクション」よろしく刑事に車を貸した星野がりさ子に助けを求めたことでした。刑事は、星野の運転する車を強引に止め、警察手帳を見せながら奪うように星野の車を借りていったのです。

ああいう時、刑事に車を取られちゃった運転手はその後、どうしたんだろう、とか思ったことありませんか?

(67ページ)

みなさんは思ったことありますか? 私は、ありません。。

 

 三人目に別れを告げられたのは、如月ユミ。小説のこの部分は、伊坂幸太郎らしい伏線とその回収がよく描かれ、また遊び心のある会話も多い。その中で、繭美の言葉。

「いいか、前も言ったような気がするけどな、人間の最大の娯楽は、他人に精神的なダメージを与えることなんだよ」

(131ページ)

攻撃的な性格の繭美が言うと、他人をイジメる側の人間の言葉に思えますが、もしこれが他人にイジメられる側の人間の言葉だとすると、また違った意味が感じられます。もし、繭美が過去にひどいイジメにあい、その結果いまの攻撃的な正確になったと考えると、この言葉は意味深ですね。

 

 四人目に別れを告げられたのは、神田那美子。神田那美子へ悪態をつく繭美を見て、星野が思ったことは

そして、彼女が他人の心を傷つけるのは、もはや人間の善悪とは無関係の行為にも思えた。蟻の大群が蛙に襲い掛かり、その身体を分解し、巣に運び、食料とするのは僕たちの目からすると残酷に感じられるが、蟻の事情からすれば、「そうしなくては生きていかれない」ということなのだろう。

(191ページ)

繭美の悪態のひどさが重い浮かぶ表現です。そして、そんな繭美を理解することを星野はあきらめます。

 

 五人目に別れを告げられたのは、有須睦子、職業は女優。彼女は小学生の時、近所の幼稚園児に「お姉ちゃん、女優になったら?綺麗だし」と無邪気に言われたのをきっかけに女優に関心を持ちます。一方、その幼稚園児の夢は、大きくなったら(パン屋でなく)パンになること。そのとき彼女が思ったことは

大きくなったらパンになる、とは随分難易度の高い夢に思えたが、とりあえず、「美味しいパンになってね」とだけは伝えた。(230ページ)

この切り返しははとても上手だと私は思う。最終的に、この幼稚園児の夢は叶わなかったようですけどね。

 

 さて、5人の女性との別れのシーンはお互いに独立したバラバラの話なのですが、これが最後一つにまとまろうとします。廣瀬あかりの元カレが美人に弱いので、女優の有須睦子を使って彼から金を巻き上げ、その金を銀行員である霜月りさ子が増やし、、、。伊坂幸太郎は、このような一見ばらばらの話を最後にまとめることが上手なので、私は期待しながら読みました。

 また、恋人に別れを告げる部分で、女が決まって「ウソでしょう?」と言い、繭美が「あのさ、お前にも同情はするんだよ」と言う、この繰り返しを5人分やっている点も私は好きです。オムニバス形式には、何か決まりのあった方が面白い。

 

 ところで、この小説にも、伊坂幸太郎らしい伏線が張られている。例えば、廣瀬あかりが、星野は美人が好きと言う場面

「テレビに出てくる女優を見ては、鼻の穴を膨らませて。ぼうっとドラマの女優を眺めているときとかあったでしょ」

(中略)

「そういうわけじゃないんだ」僕が気にしていたのは、特定の女優に限るし、それも理由があった。

(42ページ)

読んだ人はこの伏線がどう回収されるか分かると思います。実はストーリーに影響しない伏線なのですが、こういう伏線を張りまくるところが、私は好きです。

 

 さて、この物語は、星野が5人の恋人を巡る話ですが、星野と繭美の距離に注目して読むと面白い。最初は、不気味な人間離れした女扱いだった繭美ですが、途中で理解不能な生物として遠ざけられます。しかし最後には距離がぐっと縮みます。特に最後のシーンでは、<あのバス>に乗った星野を追いかけるため、繭美はかからないバイクのエンジンを、あと10回と心に決めながらキックする部分は、読んでいて暖かい気持ちになります。きっと、あと10回、あと10回、と何度も繰り返すのでしょう。

 

考察

 この小説で最大の謎は、<あのバス>とは何か?ということです。私は、死を示唆しているのだと思います。そして、繭美達は死神なのだと思います。小説中で、繭美は「そうではない」と言い切りますが、他の可能性を思いつきません*2

 

 繭美は私の辞書には「常識」という文字は無いなど言いながら、「常識」を消した辞書を相手に見せます。この文字を消した辞書を見せるという行為も謎の一つです。私は、そこに繭美のかたくなさを感じます。繭美は、「常識」という点において他人から一切期待されたくない、そんな想いを感じます。

 

 最後の謎は、小説の名前の「バイバイ、ブラックバード」の意味です。私は、三つの可能性があると思います。

  1. ジャズの名曲 Bye Bye Blackbirdとかけて、Blackbird(=別れを告げるべき不幸な生活)にさようならという意味
  2. 単にBlackbird(=渡り鳥の一種)と考えて、星野が、恋人たちから去っていったという意味
  3. 現代英語では "bye bye blackbird"には、パーティなどをこっそり抜けて先に家に帰る人、という意味があるようで、これに関係していると考えれば、日常世界から星野がこっそり去っていったという意味も考えられます。

この点について正解は明らかではありませんが、私は2が好きです。1は恋人たちとの生活が不幸という意味を持つため奇妙だと感じますし、3は星野が黙って恋人から去ったことになるため違和感を感じます。

 

名言

 小説中に共感できる言葉をみつけました。

「わたしね、あんまり人生に期待していないんですよ。毎日、真面目に生きていても、そんなにいいことってないですし、大変なことはあるけど。」

(72ページ)

 これは、とても大人な意見だと思います。

 子供は、「夢を持て、やればできる」と大人たちから言われます。まるで人生には無限の可能性があるように感じる言葉ですが、大人になるにつれて”自分の”可能性はそれほど大きくないことに気づきます。たまに、「オレはまだ本気を出してないだけ」とうそぶいたりする人もいますが、大人になると、自分のできることを見定めないといけない場面が多くなりますよね。

 

「まだ、実感が湧かないだろ。人間ってのはな、死ぬ直前まで、自分が死ぬことなんて受け入れられねぇんだよ」

(285ページ)

 これは本当ですね。仏教学者の佐々木閑も、人間は死ぬことを忘れて生きている、と言っていました。自分が死ぬことを本気で考えないからこそ、「100日間生きたワニ」などが共感を得たりするのでしょう。

 

まとめ

 伊坂幸太郎の小説「バイバイ、ブラックバード」を読んだ感想を書きました。

 主人公の星野が5人の恋人を別れを告げに回ります。5つの別れのシーンはバリエーションに富んで描き分けられていて面白い。また、もう一人の女 繭美と星野の関係性が徐々に変化していく様子を意識しながら読むと、一層楽しめるでしょう。

 この小説は、太宰治の「グッド・バイ」のオマージュ作品であり、それとの違いを意識して読むのも楽しい。特に、星野のキャラクタ設定は太宰のそれとまったく反対であるのに、繭美の設定は似ているのが興味深い。作者の意図を色々と想像できます。

バイバイ、ブラックバード〈新装版〉 (双葉文庫)
 

 

*1:"バイバイ、ブラックバード マツコ”で検索している方も多いようですが、マツコさんは身長178センチ体重140Kgで、繭美よりも60Kgも軽いです。

*2:巻末のインタビュー記録で、伊坂幸太郎自身<あのバス>は死を示唆していると言っていますしね。

「ホワイトラビット」(伊坂幸太郎)の感想:籠城事件を鮮やかに解決するトリックに驚く

ホワイトラビット

 

 最近、伊坂幸太郎の小説をまとめて10冊ほど読みました。彼の小説は面白いですね。伏線の張り方と回収の仕方が抜群にうまい。

 この記事では、「ホワイトラビット」の感想を書きます。この「ホワイトラビット」は、ベストセラーランキングで1位にもなった作品です。

 

あらすじ

 兎田孝則の新妻が誘拐された。返してもらうには、ある人を探しださなければいけない。タイムリミットが近づくなかで、兎田は握った拳銃を母子に向け立てこもる。周囲を警察が取り囲み、時間だけが過ぎていく。警察の包囲網を突破して、兎田は新妻を救い出せるのか。

 

登場人物

  • 兎田孝則: 誘拐を生業とする裏稼業の男、愛妻家で二人きりのときは「冗談でちゅよ」などと赤ちゃん言葉も使う。
  • 兎田綿子: 兎田孝則の妻。
  • 折尾豊: 通称”オリオオリオ”、コンサルタントであり、オリオン座が好きで誰かれ構わずうんちくを語る。
  • 黒澤: 泥棒であり探偵でもある。
  • 夏之目: 警察特殊部隊SITの課長。

 

感想

 伊坂幸太郎自身が、”籠城物、人質立てこもり事件の決定版を書こうとして取り掛かった”と言うだけあって、小説に仕掛けられたトリックの切れ味は鮮やか。また、”自分なりの『ホステージ』といったお話になったような気がします”とあるように、話の骨格はロバート・クレイスの小説「ホステージ」と似ているが、肉付けは全く異なり伊坂ワールドの小説となっています。

 人質立てこもり事件というのは、立てこもりがどう始まり、どう終わるか、また終わるまでの警察と犯人の交渉、この3点が話の中心になるものです。「ホワイトラビット」ではこの3点の全てに読者を欺くトリックが仕掛けられています(ネタバレしないようこれ以上は書かないでおきましょう)。これらのトリックが鮮やかで、私は読み終えたときにある種の爽快感がありました。一方で、自分がどうやって欺かれたのか分からず呆然としました。

 兎田は、ターゲットに仕掛けたGPSをに従い探索を行った末に、そのGPSの指し示す家に立てこもることになるのですが、GPSがトリックの重要なネタになっています。

 

 伊坂幸太郎の小説と言えば、伏線とその回収の仕方の見事さが特徴ですが、実は伏線の回収に至るまでのストーリー展開も巧みです。

 家に侵入した兎田に、その家の母親は繰り返し「今、この家にいるのは私たちだけなんです」と言う。これが伏線です。いないと言っていた父親が家の2階でみつかり兎田に捕まります。これが伏線回収へのつなぎです。

 また、立てこもった家を包囲した警察と犯人が交渉する中で、犯人は折尾豊(オリオオリオ)を連れて来いと要求します。これも伏線です。そして、連れてこられたオリオオリオが、星占いよろしく胡散臭い話をまくしたてるのが、伏線回収へのつなぎです。他にも、つなぎとなる部分が各所にあります。例えば

 少しして隊員が車のスライドドアを開け、外から顔をのぞかせた。「先ほどの電話、一を確認しましたが、あの家から発信しているのは間違いないようです」

 折尾がすっと顔を上げる。「逆探知をしたんですか?立てこもり事件の犯人からの電話をわざわざ?」と意外そうな口ぶりだ。

(141ページより) 

 折尾は周囲の人間のそういった対応には慣れているのか、動じる様子はなく、「立てこもり事件の起きている、この場所を、ペテルギウスの位置だとしますと」とはじめ、かと思えば、「ペテルギウスはすでに爆発しているかもしれないんですよね。まだ地球からは見えないだけで」と続ける。講義の際に、いつも同じテキストの同じ個所で同じダジャレを言わずにはいられない、警察学校の講師を私は思い出した。覚えていた台本の該当部分を、待ってましたとばかりに喋りはじめるかのようだったからだ。

(174ページより) 

 

 また、以下も伏線です(もっと言えば、ドーベルマン事件も伏線と言えそうです)。

「課長の指示通り、一軒ずつ回って、避難させています」

(中略)

「不在だと思っていたら、家主が熟睡中とかは無いだろうな」

 五年前のトーベルマンの飼い主のことを思い出しているのだろう。

(72ページより)

 

  さらに、話の途中で兎田は父親と争った際、膝で首を抑えられて喉をつぶされます。実は、これも伏線です。ネタバレになるので、これ以上は書くのは控えます。

 

 ところで、ストーリの中で作者が度々しゃしゃり出てきて、読者を導いたり迷わせたりするのも、この小説の面白い所です。小説の冒頭、作者はこう言う。

 白兎事件の一ヶ月ほど前、兎田孝則は東京都内で車を停め、空を眺めていた。「白兎事件の一ヶ月ほど前」という言い方は間違っているのかもしれない。その場面は白兎事件の一部で、事件の幕は既に上がっているとも言えるからだ。ただ、それを言うならそもそも世間で、仙台市で起きたあの一戸建て籠城事件のことを白兎事件と呼ぶ人間は一人もいないのだから、細かいことは気にしない方がいい。

軽い口ぶりですが見事にこの本の内容を説明しています。また、”白兎事件”とは作者しか呼んでいないことも告白しています。小説中に”白兎作戦”も出てくるのですが、作者がこうやって遊んでいるのも面白い。

 

考察

 ホワイトラビットと聞いて、皆さんは何を想像しますか?私は、不思議の国のアリスを想像しましたが、読み進めていると実は因幡の白兎でした。敵役の名前が”稲葉”であることや、以下の記述がありますからね。

そして黒澤は因幡の白兎の話を思い出している。

(255ページより)

 

 さて、登場人物の折尾はオリオン座好きという設定になっていますが、これは何故でしょう?

 私は、作者は星座占いのイメージを使って折尾のうさん臭さを読者に印象付け用としたのではと思っています。また、ペテルギウスが爆発したことと、その光が地球で見える事との間には時間差があるというセリフを使って、”時間差”というこの小説のキーワードを暗に提示しているのでしょう。

 

 ところで、度々登場する作者は、読者を導くだけでなく迷い道にも誘う。下の文章は非常に微妙。よく練られた言葉で迷い道に誘い込んでいます。

 すでにお気づきだろうが、夏之目課長の「この立てこもり事件の裏側には、佐藤家の親子喧嘩があったのでは」という想像は外れている。サバイバルゲームが好きで、ミスター男性ホルモンとも呼ぶべき父親は、家庭内を支配していたものの、この時は事件を起こしておらず、外部からの侵入者、兎田の存在も現実のものだ。

(116ページより)

 

 さて、兎田の属する誘拐組織は、ベンチャー企業のような組織として描かれています。つまり、誘拐犯罪のリスクを洗い出し、リスクを最小化するようビジネスモデルを調整しています。誘拐するのも子供よりも大人を選ぶ、それは大人の方が理屈で説得して大人しくさせられるからだと。こういう犯罪組織とベンチャ思考を結びつける発想はとても面白い。

  

名言

 小説中で良い言葉だと思ったのは次。

罪は引力のようなものだ 

(333ページより)

人間は罪から逃れることはできない。罪をゼロにすることはできず、罪のない人間は無い、という意味です。仕事をしていると私は、社会には「正しい」ことがいくつもあり、人ぞれぞれに正義が異なることを感じます。正義同士が衝突することもあります。

 

まとめ

 伊坂幸太郎の小説「ホワイトラビット」を読みました。これは、立てこもり人質事件を描いたもので、これが解決するトリックがとても鮮やかです。

 小説の中に、多くの伏線が仕掛けられていて回収されていきますが、回収されていくまでのつなぎが練られていて面白い。皆さんも、このつなぎに注目して読むと楽しめると思います。

 オリオオリオが警察に胡散臭い話をする場面が好きです。本を読み終わるまで、ここが重要ポイントだとは気づきませんでした。しかし、読み終えた後には、オリオン座、ペテルギウスの爆発、GPS、など数々の伏線が交差していることに気づきます。

ホワイトラビット(新潮文庫)

ホワイトラビット(新潮文庫)

 

 

 

代々木上原のイタリアンレストラン La Stella Polare:久しぶりにみつけた美味い店

 緊急事態宣言も終わったこともあり、ランチを食べに代々木上原のイタリアンレストラン La Stella Polareに行きました。

lastellapolare.jp

 

 お店はビルの5階にありまた窓が大きくて、空が広い。ワインを飲みながら雲を眺めているとゆったりした気分になれます。

 ワインを2種類頼み、そのどちらも美味しい。美味しいワインを置いている店は少ないので、それだけで嬉しくなります。

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窓が大きくて空が良く見えます

 

 料理はスープ、前菜、パスタ、ドルチェ。そのどれもかなり美味しい。ここまで美味しい店をみつけたのは久しぶり。

 

 グリーンピースのスープは、青臭さが全くなくそれでいてグリーンピースだと分かる不思議な味。ほんのりとした甘さ加減が絶妙です。また、スープの緑色が春っぽくて気分が上がります。

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グリンピースのスープ

 

 前菜は、ワンプレートに4種の料理が乗っています。左手前が初カツオ。これも、カツオの臭みが一切なく、でも食べるとしっかりカツオ。オイルでマリネされているせいかネットリした感じも素晴らしい。今まで食べたカツオで一番美味しかった。

 残りの3種もとても美味しかった(説明は省略)。

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前菜

 

 桜エビと大葉のパスタは、大葉の加減が素晴らしい。一般的に大葉を使った料理は大葉の味が勝ちすぎるのですが、このパスタは全体が良く調和しています。これも初めての味です。

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サクラエビと大葉のパスタ

 

 もう一品は、トマトソースのパスタ。こちらはトマトの酸味が効いて美味しい。そもそも日本のトマトは甘いので、トマトパスタを作るにはイタリア物を使いたいところ。でも、日本で手に入るトマトの缶詰はそれほど美味しくはない。店の人に聞いたら、こだわってトマトを選んでいると言っていました。

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水牛のモッツァレラチーズとバジリコのトマトソース スパゲティ

 

 ドルチェは、お誕生日バージョン。

 プリンが美味しい。もともと私は、固めのほろ苦いプリンが好きなのですが、まさに好みにピッタリでした。また、ティラミス?も美味しい。表面のチョコパウダーの味がしないティラミスって多いのですが、ここのはしっかりチョコパウダーの風味を感じます。

 そうそう、ホールスタッフ(ウエイター)が言わゆるハッピバースデートゥユーと歌ってくれました、イタリア語で。。。イタリア語のバースデーソングを聞いたのは初めてでした。

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ドルチェ お誕生日バージョン

 

 飲み物は、アールグレイアールグレイをホットで飲むと香りのきつ過ぎる時がありますが、丁度良い香りでした。

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アールグレイ

 

まとめ

 代々木上原のイタリアンレストラン La Stella Polareにランチを食べに行きました。

 久しぶりに美味しいイタリアンレストランをみつけました。美味いワインを置いており、料理も美味い。ドルチェも美味しく、隙の無いレストランでした。

 また、ビルの5階にお店がありまた窓も大きいので、店内が明るい。これも気持ちよかった。