著者の言いたいことは、次の一文に集約されている。
「自分の興味・好奇心・疑問」を皮切りに、「自分のものの見方」で世界を見つめ、好奇心に従って探求を進めることで「自分なりの答え」を生み出すことができれば、誰でもアーティストであると言えるのです。
これを言うために、本書ではアート(絵画)の歴史を辿る。
ルネサンス期の画家たちが、目に映る通りに世界を描くことという共通目的があり、それに向けて遠近法などの技術を発展させてきた。ところが、カメラが19世紀に発明され、この目的を達成する最善の手段が絵画でなくなった。そこで、写真にできないこと、アートにしかできないことを模索していった。この模索の歴史を通じて、本書はアーティストとは「自分なりの答え」を生み出す者と結論付けている。
この本を読んで、面白かったのは、この模索の歴史そのものだ。
現代アートは何かと分かりづらい。その分かりづらさの理由が本書を通じてわかる。現代アートはもはや視覚芸術ではなく、思考を競っていることが理解できる。そして、もはや、アートとアートでなないもの垣根すら今はない。
いま高値で売買されているバンクシー落書きは、絵が美しいとか、風刺の内容が素晴らしいとかそういった理由で称えられているのではない。そんな気が本書を読んでいるとしてきます。それまでアートとはこういうものであるという常識を、バンクシーが打破したこと、それが受けている原因でしょう。
まとめ
なにかと分かりづらい現代アートが、なにを競っているのか分かる本。アート(絵画)とは、こういうものであるという無意識の常識を壊していく過程こそがアートであると、アートの定義が変わったことを知ることができる。*1
*1:そして、この定義(アートとは何かという常識をこわすこと、という常識もいつか壊されるのでしょう。