kotaの雑記帳

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「農家はもっと減っていい」(久松達央)を読んだ感想:チーム作り、ニッチ戦略などビジネス書としても優良

 久松達央さんの本「農家はもっと減っていい」を読みました。挑戦的なタイトルですが、中身は読み応えのある本で、農業に関係のないサラリーマンの私にもビジネス書として得られる知見が多い。

 


 著者は、一流企業勤めを辞め、素人のまま農業の世界に飛び込み、試行錯誤しながら久松農園を立ち上げ、今では農業経営のカリスマと呼ばれている久松達央さんです。
 久松さんは、10年前の2014年に「小さくて強い農業を作る」という本を出版しています。これが、久松農園を立ち上げて試行錯誤の連続だった頃の彼の気持ちや考えを正直に記したものであったのに対し、今回の「農家はもっと減っていい」は、久松農園の進化に応じて彼の考え方が明確になり結晶化されていることを感じます。

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著者について

 この本の内容は、著者の特異な略歴と深く関わっています。

 著者の久松達央さんは、幼少より理屈っぽい人間で、高校時代は理系でしたが、文系の慶応大学経済学部を卒業し、帝人株式会社で海外営業として働くエリートサラリーマンでした。 彼は学生時代から環境問題に関心があった縁で、有機農業を知り、栽培技術や農業経営の知識もない素人のまま、脱サラして農家になりました。

 この特異な経歴とそれを通じた広い見識が、ビジネスとしての農業経営に活かされています。

 

本書の内容概略

 「はじめに」の部分で、本書の内容が良くまとまっていますので、そこから抜粋します。各章は独立していて、興味のある章だけ読むことができます。私は、第7章、第8章、第9章が特別面白かったです。

  • 第1章「農家はもっと減っていいい」では、資本とテクノロジーの大波によって、農業が大淘汰時代に突入している現状を詳しく解説していきます。
  • 第2章「淘汰の時代の小さくて強い農業」では、人口が急激に縮小する中で、食の外部化と多様化が進む現代のフードシステムに、農業が対応できない理由を探ります。
  • 第3章「小さくても売れる 淘汰の時代の弱者の戦略」では、公的支援や大組織に頼らずに生きる「小さくて強い農業」のあり方を、主に販売面から考えます。
  • 第4章「難しいから面白い ものづくりとしての有機農業」では、一般に有機農業の価値だと思われている「安心・安全」や「環境にいい」などとは全く異なる、純粋なモノづくりのプロセスとしての有機農業の面白さを、20年の現場経験を通じて考えます。
  • 第5章「自立と自走 豊かな人を育てる職業としての農業」では、農業という仕事に特殊性はなく、「農業は農家に生まれたものにしかできない」という俗説への反論を試みます。
  • 第6章「新規就農者はなぜ失敗するのか」では、農業への新規参入の実態を詳しく紹介します。
  • 第7章「『オーガニック』というボタンの掛け違い」では、日本の有機農業がなぜオワコン化してしまったのかを取り上げます。
  • 第8章「自立した個人の緩やかなネットワーク 座組み力で生き抜く縮小時代の仕事論」では、大きな組織が機能不全に陥る中で、自立した個人のネットワークが社会の重要な役割を担うようになっていることを取り上げます。
  • 第9章「自分を『栽培』できない農業者たち 仕事を長く続けるための体づくり心づくり」では、私自身の苦い経験を紹介しながら、生きる上での体と心のケアの大切さを説きます。

 

各章の内容

 各章の内容について簡単に記します。

第1章の内容

 日本では、零細経営の農家が多く、しかも兼業農家に代表されるように稼ぐために農業を行っていない。一方で、スケールメリットをフル活用した大規模農家が少しづつ増えてきており、彼らが日本の食を支えている。そのため、零細農家は減っても日本の食のリスクになることはない。

第2章の内容

 いま、食の外部化(外食、お惣菜の購入など)が増えています。外部化とは、野菜の生産・製造・加工・販売・消費を貫くフードシステムの中で、食料品が作られています(例えば、コンビニのおでんの大根)。つまり、農業単独で価値を生んでいるのではなく、フードシステム全体で価値を形成しています。そして、現在の野菜の需要の6割は、家庭消費用ではなく加工・業務用です。このフードシステムにおいて、農家に求められるのは、天候に依存しない安定供給と、野菜の規格です(コンビニのおでんの大根の大きさがまちまちだと購入者が困りますから)。「規格外野菜を有効利用して農家を救おう」などというピントの外れた活動が出てくるのは、フードシステムが見えていない(つまり、零細農家は消えざるを得ない。)。

 小さい農家が生き残るには、ランチェスター戦略の弱者の戦略をとる必要がある。

第3章の内容

 小さな農家のビジネス戦略の骨格が記されています。簡単にはまとめられませんが、よく考えている(常識を疑う、多角的に検討する)ことが分かります。

第4章の内容

 著者が有機農業を行う理由は、農薬を使わないというルールを課すことで、工夫の余地が生まれ、農業が面白くなるためと述べています。ラグビーが前方へパスしてはいけないというルールを課しているのと同じ考え方です。

第5章の内容

 仕事のやり方として、分業化・単能工化を行うと、作業の習熟は速いが上級者になれない。すべての作業を行い多能工化することで、上級者になれる。

第6章の内容と感想

 省略

第7章の内容と感想

 世間の「オーガニック」の定義が広がっています、例えば「僕にとってのオーガニックとは、もっと人間の本質や考え方、生き方全般に深く関わる、ライフスタイルそのものなのだ。それは”これからの人生をより良くするための哲学”であり、”自分自身の精神と肉体をバージョンアップさせる処世術”なのである。」のように。このように広がったオーガニックの要請には、有機農業は応えられないと著者は述べています。

第8章の内容と感想

 一人で仕事をすることの限界とチーム作りの必要性を説いています。チームを作る際に、分業の欠点とつまらなさを明らかにしています。

第9章の内容と感想

 自分の体と精神の健康に気遣うこと、つらいときは休むことの大切さを書いています。「体をないがしろにすることは、心をないがしろにすることです。忙しさにかまけて疲れを放置すれば、心の動きが鈍ります。クリエイティブな仕事を続けたいなら、肉体・精神負荷を軽減することにお金と時間とエネルギーを投資しなければなりません」という部分は、分かっていても実践しづらいことですが、それだけに何度も心に刻まねばなりません。

 

心に残った言葉

心に残った言葉を挙げていきます。

 

変化する時代に合わせてひとりひとりが変わっていける、というのは幻想である。人は変われない。入れ替わることによってのみ、社会は新しい時代に適応する。(p57)

夢の無い言葉ですが、組織が変化できないことを散見するので、これは正しいのでしょう。そして、古い人と新しい人が相容れないこと、組織の人員の入れ替えの難しさを示唆しています。

 

小さい農業の生き残り術③ セールスポイントを曖昧にする。

トマトの「糖度」や「栄養価」を売りにすれば、比較の土俵に自ら乗ってしまいます。幾多のビジネス書が指南する「顧客獲得のための差別化」という方向性は、小さい農業がとるべき戦略として疑わしいものです。比較可能なスペックを提示することは、みすみす競争に突っ込む行為だからです。

 小さい農家に必要なのは、「その人が好き」とか、「味が美味しい」とか、「箱が可愛い」とかいう小さなフックをたくさん作って、結果的に他と比較されにくい良さを醸成してファンを獲得するということです。これは、ファンベース(佐藤尚之)と似た考えです」”(p92)

大手との競争に巻き込まれないためには、明確な競争軸を設定しないという意味だと思います。一方、ファンを増やすことも難しいので、安易に生き残る術はないということでしょう。

 

「健康」は達成されないもの

1974年に採択されたWHO憲章では、「健康」を次のように定義しています。

「健康とは、病気でないとか、弱っていないということでなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、全てが満たされた状態にあることを言います」

 現代人の健康観を象徴する表現です。もっともらしく聞こえますが、解釈によっては混乱を生みかねません。すべてが満たされた、とは何を指すのかはっきりしないからです。

(中略)

人々は終わりのない健康を追い求めることになりました。(p290)

健康に関する情報がネットに溢れていることを鑑みても、もっと良くなる何かがあると、人々が妄想していることを感じます。

 

同様に、ヒトという一生物である私たちが、健康を保つために必要なのは、睡眠と食事と運動のバランスです。(p353)

植物を上手に育てるトリッキーな方法は無く、その植物に適した環境を整えることが全てであるのと同様に、ヒトの健康維持もトリッキーな方法は無いということですね。

 

自営業者が不安定なのは世界共通です。精神的に負荷がかかること自体からは逃れられません。不安を上手に乗り切るのに最も有効な手段は、「乗り切る」ことだ、と私は考えています。辛いことを乗り切って、また楽しいことがやってきた経験を積み重ねると、少しずつ同じ悩みをやり過ごせるようになっていきます。中身が同じでも、先に行けば行くほど受け止めるのは楽になる、と分かってからは、私も考え過ぎずにやり過ごすズルさがちょっと身に付きました。(p359)

辛いときは、目の前にある悩みで頭がいっぱいになってしまいますが、少し目線を上げて、これも後々には楽に受け止められるようになると、少しでも楽観的に考えるというアイデアです。

 

まとめ

 久松達央さんの本「農家はもっと減っていい」を読みました。挑戦的なタイトルですが、中身は読み応えのある本で、農業に関係のないサラリーマンの私にもビジネス書として得られる知見が多い。
 各章は独立していて、興味のある章だけ読むことができ、私は、第7章、第8章、第9章が特別面白かったです。