kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



「アラブの春」の正体

 チュニジア・エジプトなどイスラムの国々で民主化を求めて革命が起こる、これが「アラブの春」と呼ばれるムーブメントである。”民主化”・”春”という言葉が耳に心地良いため、漠然と良いことが起こっていると印象を受ける。しかし、シリアの内戦で見て取れるように混乱が広がっているようにも思える。
 イスラムの国々で民主化への世論を盛り上げたのが、Facebook等のSNSであったため、インターネットによる言論の自由が旧来のイスラム世界を倒しつつあるという、インターネット十字軍的な報道がなされた。
 しかし、「アラブの春」を経て大統領に就任したエジプトのムハンマド・ムルシーが、軍によるクーデターで権限を剥奪された。「アラブの春」は、インターネットによる言論の自由がもたらした何か良いことでは無い。結局、「アラブの春」とは何なのか?を明快に記したのが本書である。
 民衆の不満がFacebookを通じて共有され、デモが多発し政権を打倒する。民主的な選挙により新政府が選ばれる。しかし、民衆の不満が解消されないのだ。なぜなら、Facebookを通じてデモを開始するのはリベラルなイスラム教徒であるが、次第にムスリム同胞団のようなイスラム教の教えに従った政治を行う勢力がデモに参加し始め、革命後の選挙で彼らが勝利する。当初デモを起こした人々の望んだものとは異なる政府ができあがることとなる。
 あるいは、リビアのように複数の部族間で互いに牽制が行われている国では、現政権を打倒する際には部族間での協力が行われるが、その後の新政権樹立におけるイニシアチブをどの部族が取るかでまとまりを欠き、いつまでも政情が安定しないことになる。
 こうしてみると、「アラブの春」というムーブメントは現政権を倒したあとに、政情の不安定をもたらしていることが分かる。イスラムの各国は、国民が国家として共通の価値観を有していないためである。かつて欧米が植民地化を推進した際に、イスラム国家の国境を欧米が引いたため、複数部族を含む国家ができたり、同一部族が複数の国家に分断された。国民としての価値観が十分に統一されていない国家が出来上がった。これが、アラブの政情が安定しない真因である。