kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



本「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」(プレイディみかこ)の感想(レビュー):自分で誰かの靴を履いてみること

本書の概略

 本書は、ブレイディみかこ氏が、イギリスの「元・底辺中学校」に通う息子さんの日常を綴ったエッセイです。息子さんはアイルランド人の父と日本人の母を持つハーフで、多様なバックグラウンドを持つ生徒たちが集まる学校で、様々な経験をします。人種差別、貧富の差、ジェンダー、アイデンティティなど、現代社会が抱える問題が、思春期真っ只中の少年の視点を通して描かれています。

 作者である母親のブレイディみかこ氏は、息子と共に悩み、考え、成長していく姿を見守りながら、問題の本質を深く掘り下げていきます。この作品は、単なる子育てエッセイにとどまらず、現代社会の多様性や教育問題など、普遍的なテーマを持つ作品となっています。

 

本書の特徴

  • リアルな描写: イギリスの「元・底辺中学校」という具体的な舞台設定と、そこに通う生徒たちの日常が、非常にリアルに描かれています。
  • 多角的な視点: 息子だけでなく、学校関係者や地域住民など、様々な視点から出来事が描かれており、多角的な理解を促します。
  • ユーモアと温かさ: 思春期の息子の言葉や行動、そして母親のユーモアあふれる語り口が、読者に温かい気持ちを与えます。
  • 社会問題への鋭い視点: 人種差別、貧富の差、教育問題など、現代社会が抱える問題を深く掘り下げ、読者に考えさせます。
  • 成長物語: 息子だけでなく、母親である著者自身も、この経験を通して成長していく様子が描かれており、読者も共感し、自分自身と重ね合わせて考えさせられます。

 

多様性について

 著者とその息子は、イギリス社会のマイノリティとして生活しており、その中で様々な多様性の問題と向き合います。その描写を通して、以下のような特徴を持つと思います。

  • 多様なバックグラウンドを持つ人々: 学校に通う生徒たちは、様々な国籍や文化を持つ家庭で育ち、それぞれ異なる価値観を持っています。
  • 多様な価値観の衝突: 異なる価値観を持つ人々が集まることで、様々な衝突や葛藤が生まれます。
  • 多様性を受け入れることの大切さ: この作品は、多様性を受け入れることの重要性を教えてくれます。

 

 具体的には以下の部分が強く印象に残りました。

 多様性がある社会ではトラブルが多い。多様性はいいことだと学校で習った息子が、多様性があるとトラブルが多いと不満げに母へ話す部分。

「でも、多様性っていいことなんでしょ?学校でそう教わったけど?」

「うん」

「じゃあ、どうして多様性があるとややこしくなるの」

「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が絶えないし、そりゃない方が楽よ」

「楽じゃないものがどうしていいの?」

「楽ばっかりしていると無知になるから」

(中略)

「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」

 

 黒人の子について差別的なことを言ったハンガリーからの移民の子を非難する息子と、著者の会話。

「無知なんだよ。誰かがそう言っているのを聞いて、大人はそういうことを言うんだと思ってまねしているだけ」

「つまり、バカなの?」

忌々しそうに息子が言った。

「いや、頭が悪いってことと無知ってことは誓うから。知らないことは、知るときが来ればその人は無知ではなくなる」

 

 万引きをしたクラスメートをいじめる同級生を見た息子と著者の会話。

「一人一人はいい子なのに、みんな別人みたいになって、どこまで行くんだろうって胸がどきどきした」

品のいいカトリック行に通っていた息子は、暴力的ないじめの現場を見たことが無かったのだ。

「自分たちが正しいと集団で思い込むと、人間はクレイジーになるからね」

「盗むこともよくないけど、あんなふうに勝手に人を有罪と決めて集団で誰かをいじめるのは最低だと思う」

 

共感について

 多様性を尊重する能力や、人としての器の大きさに関わる言葉に、エンパシーとシンパシーがあります。その違いについて、分かりやすい説明がありました。

 つまりシンパシー(sympathy)の方は「感情や行為や理解」なのだが、エンパシー(empathy)は「能力」なのだ。

(中略)

 つまり、シンパシーの方はかわいそうな立場の人や問題を抱えた人、自分と似たような意見を持っている人々に対して人間が抱く感情のことだから、自分で努力をしなくとも自然に出て来る。だかが、エンパシーは違う。自分と違う理念や信念を持つ人や、別に可哀想だとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のことだ。シンパシーは感情的状態、エンパシーは知的作業ともいえるのかもしれない。

上記の難しい説明を、息子はエンパシーとは「自分で誰かの靴を履いてみること」と端的に言葉にしており、分かりやすい。

 

アイデンティティについて

 著者の息子は日本人とアイルランド人のハーフで、イングランドに住んでいる。それゆえ、彼のアイデンティティは、日本人でもなければ、アイルランド人でもなく、イングランド人でもない。様々な人が集まる場所ではアイデンティティの問題は大きくなります。

 アイデンティティは別に一つに絞る必要はなく、複数のアイデンティティを有するのが自然なのですが、分断の原因となり得る。分断とは、そのどれか一つ(複数あるアイデンティティの一つ)を他者の身にまとわせ、自分の方が上にいるのだと思えるアイデンティティを選んで身にまとうときに起こるものだろう。また、自分と他人で共通するアイデンティティを一つを選んでそれを強調することで、意識的にあるいは無意識的に仲間意識を持たせようとする心理も、分断の原因となり得る。

 

感想

 日本でも多様性に関するニュースはよく見かけるが、その場合の多様性とは、ジェンダー(性別)と障害の有無に関わるものが多い。しかし、人を分ける軸は、他にももっと多数あり、例えば、国籍、所得(金持ち、貧乏)、学歴、家族構成、性格とたくさんある。

 以前、「我が社は多様性を推進しています」という広告を見たが、従業員の男女比を等しくする活動をしても、様々な学歴の従業員を雇おうとしているのではないのだろうと、想像した。

 良くも悪くも、日本人は多様性が少ない国民であるから、多様性を尊重する前に、多様な状態を想像することから始めないといけないのかもしれないと、本書を読んで感じました。自分で誰かの靴を履こうとしても、日本では誰かのバリエーションが少ない。

 

あとがき

老人はすべてを信じ、

中年はすべてを疑う、

若者はすべてを知っている

これは、本書の中で出て来るアイルランドの作家オスカー・ワイルドの言葉です。これが示唆するのは、

  • 経験と知識の二面性: 経験は、私たちに知恵と洞察を与えますが、同時に固定観念や偏見を生み出す可能性もあります。
  • 若さゆえの過ちと成長: 若者は、経験不足から間違えることもありますが、その間違えた経験を通して成長していくことができます。
  • 人生の複雑さ: 世の中は単純なものではなく、常に変化し、多様な側面を持っています。

現代のような情報過多で価値観が多様化している時代では、以下の相反する示唆と捉えることもできます。バランスの巧拙が大切なスキルになりそうですね。

  • 経験と直感を大切にする一方で、常に新しい情報や価値観に触れること
  • 物事を多角的に捉え、一つの視点に固執しないこと
  • 自信を持つことは大切ですが、過度な自信は危険であること

(冒頭の画像はAI (Microsoft Designer)で生成 ∙ 2024年9月9日 午後9:18)