kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



「9プリンシプルズ」(伊藤穰一):技術・社会変化の可能性に気づく感度を高める

 「9プリンシプルズ」(伊藤譲一)は、社会の行動原理が変化していることを示し、その変化に気づく術を教える本です。

 あなたは、ものを買うとき・レストランに行くとき何を参考にしていますか?

 ネット上のユーザレビューを参考にして買うか買わないかを決める方が殆どでしょう。でも、このようにいわゆる口コミが消費行動に大きく影響するようになったのはつい最近のことです。想像してみて下さい、スマートフォン・携帯電話の無かった頃のことを。当時、口コミ情報は存在せず、メーカーのTV CMや雑誌広告だけを見て、みんなはそれを買う・買わないを決めていました。 つまり、消費の行動原理が、メーカー情報によるコントロールから口コミ情報へのコントロールに変わったのです。

 新しいスマートフォン、薬、製品などを開発するため、国・大学・企業が活発に研究を行っています。日本の研究開発費は総額19兆円で、巨大なお金が注ぎ込まれています(経産省)。研究活動により新しい知識を得ることは経済的な見返りがある(つまり儲かる)、という行動原理があるためです。この知識開発に投資をするという行動原理はつい最近の18世紀に始まったもので、それまで研究はただの道楽、つまり趣味と考えられていました。

 

 「世界は、一夜にして大きく変わってしまう」、コンサルタントやコンセプトリーダーが好きな言葉です。しかし実際には世界の変化はゆっくりしたもので、急激に変化することはありません。歴史上最大の変化である産業革命ですら、蒸気機関の発明から100年の時間を変化に要しました。

 人々は、変化の速度が急激だからではなく、そもそも変化に鈍感なのです。

 蓄音機を発明したエジソンは、蓄音機が音楽を聴くために使われるとは気づきませんでした。写真のフィルムメーカとして超優良企業だったコダックデジタルカメラに気づかず(あるいは無視して)破綻しました。

過去数世紀にわたり、科学思想や実践の発展を慎重に研究することで、クーンは化学や物理といった科学分野が新しい発想を取り込むパターンを同定した。もっとも慎重な科学者たちでさえ、そのとき主流のパラダイムの「一貫性」を維持するために、しょっちゅうデータを無視したり間違って解釈したりするし、科学理論で断層の最初のしるしとなるような異常を、勝手な説明でごまかしたりしていることが分かった。

 エジソンコダックの経営者、科学者のような優秀な人が変化を見逃すのはなぜでしょう?人は、これまでのものの見方(パラダイム)というレンズを通してモノを見ています、そしてそのパラダイム(レンズ)から外れた事象を例外として無視するためです。つまり、人は変化に気づくのが苦手なのです。

 変化に気づくためには、変化を知りモノの見方を変える必要があります。しかし、これは完全な矛盾に見えます。しかし、他人が気づいた変化を知ることで、その変化を捉えるモノの見方を手に入れることはできます。  

 

 では、本書が示す変化の兆しを見ていきましょう。

 

権威より創発

 国家機関や大企業、そういった権威のある組織から生まれる新発見・イノベーションは勢いを減らし、より多くのイノベーションが草の根的に発生する活動から生まれる。

 Linuxに代表されるオープンソースソフトウエアが代表例で、これと同じことがハードウエアの開発や科学研究の分野でも起きていく。 ソフトウエアに詳しい人ならば「伽藍とバザール」という本の内容と似ていると気づくでしょう。

 簡単に言えば、自然発生的な動きを大切にしよう、ということ。

 

プッシュよりプル

 研究資源や開発リソースを偉い人が溜め込んで、それを計画通りに配置することをプッシュと呼んでいます。そうではなくて、あちらこちらで発生する検討・開発に引き寄せられるようにリソースが配置される(プル)ことで、新発見やイノベーションが起こることが多くなってきています。

 簡単に言えば、自主性と柔軟性に任せて、研究資源・開発リソースを配置しよう、ということ。

 

地図よりもコンパス

 この本の中で一番大切なメッセージはこれだと思います。   

  ゴールまでの詳細な計画を立てるのではなく、大体の方向だけを定めて動くほうが成功確率は高い。なぜなら環境の変化は激しく、考慮しなければいけない情報が多すぎて十分に集められないからです。

 先を見通すことを重視するのではなく、先を見通せない前提で動く。

 簡単に言えば、先のことは分からないから、おおざっぱな方向性で動こう、ということ。

 

安全よりリスク

 何かを行うためのコストはどんどん下がっています。つまり失敗のリスクは下がっています。ならば、成功確率を高めた計画を立て万が一にも失敗しないような行動をするのではなく、多少不確実性があってもリターンの大きな選択をすることで、世の中にインパクトのある成果が出せる。

 簡単に言えば、リスクとリターンのトレードオフポイントを見直そう、ということ。

 

従うより不服従

 言われたとおりにしているだけでノーベル賞を受賞できた人はいない。インドはガンディーによる非暴力な不服従がなければ独立できなかった。

  大リーグに移籍した大谷翔平は、ピッチャーとバッターは両立できないという業界の常識を疑い、コーチや監督がピッチャーに専念しろというアドバイス・指示に従わなかった。

 ルールが公平でリーズナブルなものなのか時には疑問視し、時にはルールに不服従でいる人によってイノベーションは起きる。

 簡単に言えば、敢えてルールから外れてみることも重要、ということ。

 

理論より実践

 机の前でお勉強するだけでなく、実践することで学べることがある。「教育より学び」。自ら学習するために実践する、社会実装することで大きな成果を得ることができる。

 簡単に言えば、あれこれ考えるより、まずやってみよう、ということ。

 

能力より多様性

 問題解決はその道のプロにしかできないと思われがちだが、本当にイノベーティブな問題は専門家のいない境界領域にある。多様なタレントが集まって問題に挑むことで全く新しい解決方法が生まれる。  

 

強さより回復力

 自分の方針・計画に固執するのではなく、状況に応じて計画を破棄し、改めて方針・計画を立て直す。その柔軟性が大切。

 

モノよりシステム

 検討の対象を注視するのではなく、それを含むシステム全体を広く捉えてアプローチすることが大切。

 今までの科学は対象を小さく分けることで理解しようとしてきた。その逆のアプローチ。

 

感想

  以前の世界は単純で変化が少なかった。そこで成功するのは、優秀なリーダーに導かれた集団で、例えるなら行進する集団のような行動原理が必勝法。あらかじめ目的地と行進コースが決められていて、休憩ポイントや食糧・宿泊場所がしっかり用意されている。メンバーが気をつけることは、集団からはぐれないことでした。

  今、世界は複雑になり変化も激しくなった。そこで成功するのは、詳細な計画ではなく、集団行動ではなく、大体の方向を決めて各自が自分のやり方で進むこと。自然発生的に活発な何かが起こったら、そこで面白い結果が得られる可能性がある。失敗してもリスクは小さくなった、試しに実践するコストは下がった、ならば行動しよう。

 こういったことを著者は述べています。

 

補足

 この本は、「はじめに」と「訳者あとがき」をしっかり読むことがポイントだと思います。

 本文では、9つの原理(プリンシプル)のそれぞれに対して深く述べており、まとめや要約が本文にはありません。そのため全体的に何が言いたいのか、本文だけでは分かりづらい。「はじめに」と「訳者あとがき」にその部分が述べられており、この部分を読み飛ばすと全体が見えづらいかもしれません。

 大切な部分を訳者あとがきから抜粋しておきます。

世界がすぐ変わると思うのは安易な一方で、絶対変わらないと思うのも同じくらい愚かなことだ。そしてその変化は非線形だし、簡単に予測できるようなものではなはい。そうした状況では、だいじなのは様々な新しい発展に潜む可能性を感じ取ることだ。その可能性が実現するかどうかは別問題。でも、新しい技術や社会的な変化のもたらしかねないもの(可能性は低くても)について敏感になったほうがいい。さらには、それについて客観的にあれこれ言うより、自分では少しは(あるいは大いに)首をつっこんで、その一部となれたらもっといい。

  一言でそれは、おもしろがる能力を持て、ということでもある。

  それが本書の大きな論点だとぼくは思っている。多くの人は、本書をある種の技術ユートピア論みたいなものだと受け取るだろう。でも、ちょしゃたちはその点についてはかんり明確に否定している。未来のことなんかわからない、と彼らは言う。これからはIoTとAIの時代だから、持てるあらゆるリソースをそこにつっこめ、さもないとアメリカや中国との競争に負けてしまうぞ、といったいい加減な話はしない。繰り返し主張されているのは、多用な可能性をどうやって現実のものとするか、という話だ。これからのイノベーションは、蒸気機関や電力のような、分かりやすい方向性や影響を持たないだろう。だったらそうした多用な可能性の芽をどうやって生み出し、育てるか?それが今後とても重要になる。

多用な可能性の芽を生み出し育てるための行動原理が、本書の9プリンシプルだということです。それはおもしろがる能力であり、おもしろがる能力は、技術や社会変化の可能性への感度だということです。

 

 

9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために

9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために