kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



経営センスの論理:センスについて考える

「経営センスの論理」は「考える」作業とは何かを教える本である。ただし、教科書のように万人に分かるように書かれてはいない。それは、深読みできる能力ある読み手にしか真意は伝わらないと著者が思っているからだろう。表面的には、本書は軽妙な語り口で書かれており、あっさり読むことができる。これは著者が仕掛けた罠だ。実は読み手に読解力を求める本である(読解力については「本を読む本」を参照することを勧める)。

何事もカテゴリーにあてはめて安直に納得してしまうという思考様式、これが諸悪の根源だ。「この会社はなぜうまくいっているのか?」という疑問に対して「水平分業だから」とか、「この会社はグローバル化に熱心だから」とか答えたところで、「なぜ」うまくいっているのか、に答えたことにはならない。とかく忙しい世の中だ。手っ取り早いカテゴリー適用に人々が流れてしまうのはよく分かる。しかし百害あって一利なし。

本書で著者は、経営は他社との差別化が基本であり、それゆえ個々の「経営はすべて特殊解」。よって必勝の法則などない。つまり「経営はセンスであって、スキルではない」と、主張しているように見える。しかしこれは表面的なメッセージであり、本当の著者のメッセージは、深く考えるとはこういうことだと、事例を示すことにある。そして著者の考える手法は、様々な具体的な事象を抽象化し、抽象化して得られた論理を具体的な事象にあてはめることでブラッシュアップする、この作業を繰り返すことだ。著者がこうして考えた末に「ようするにこういうこと」と思考を結晶化させた結果が記されている。

統一的なメッセージがあるわけではない。経営の様々な断面について、僕が頭を動かしていきついた論理を集めた本になっている。

(「はじめに」より)

本書は、ダイヤモンド社が運営するオンラインサイト「ハーバード・ビジネスレビュー」での連載「ようするにこういうこと」(2011年10月3日〜2012年5月1日)、「楠木建の週刊10倍ツイート」(2012年5月24日〜2012年11月15日)の記事を元に、編集を施したものです。

(巻末より)

 本書では、「センス」と「スキル」を厳格に区別している。私なりに、両者の違いを説明すると、例えば、サッカーでドリブルをする、パスをするといったものはスキルである。スキルには、ドリブルの速さ、パスの正確さなどといった熟達の指標があり、練習によりその指標を上げることができる。一方で、試合本番においてどこでドリブルを使ってどこでパスを使う、あるいはパスをどこに出すか、といった判断はセンスである。ゴールにつながる可能性が一番高いところにパスを出す。どこが一番ゴールの可能性があるかなど、事前にはわからない。結果的に、あの選手はよくゴールに絡むといった評価がなされるものだ。
 経営は「センス」であり、成功事例の真似をしても意味がない。なぜなら成功した経営はその会社のコンテキストにどっぶり使った特殊解(あるいは個別解)である。これが著者の主張である。サッカーの例に戻れば、ゴールにつながったパスは、その時々の状況(味方のポジション、敵のポジション、点差など)に応じて選択された特殊解であり、それと同じパスを別の試合で出しても意味がないということだ。
 一方、著者は「センス」を磨くためにはどうすれば良いと思っているのだろうか。体験を通してしか磨く方法はない、これが著者の主張である。サッカーの例で言えば、パスやドリブルの練習をしていてもセンスは身につかない、スキルが上達するだけだ。ましてサッカーの試合をいくら観戦してもダメだ。サッカーの試合に出る以外にセンスを磨く方法はない。
 ここで気になるのは、サッカーの試合に出た選手の中でも、センスが磨かれていく人と、そうでない人の差が出ることだ。これは次の問いにつながる「体験からセンスを磨く人とそうでない人がいるのはなぜか?」、あるいは「体験から、上手にセンスを磨くにはどうすれば良いか?」。その答えを著者は次のように示している。

さまざまな異なる視点を持った人々としつこく対話を積み重ねることによって、自分のものの見方が相対化される。この相対化のプロセスなしには、自分のものの見方や構えがなんなのか、自分でもよく分からない。
 (中略)
さらには、様々な自分と異なるものの見方にさらされることによって、それまでの自分を乗り越える理解が切り拓かれる。「センスを磨く」とはそういうことだ。

つまり、自分の考え方(例えば、選択肢の列挙方法、選択肢の絞り込み方法)を明確に意識し、他の考え方がないかを常に問うということだ。ここで忘れてはいけないのは、その問いはコンテキスト依存であること、つまりサッカーの試合の「このシーン」でなぜこう考えたのか、ほかの考えはないのかと問うことだ。コンテキストから遊離した問いではセンスは磨かれない。

まとめ

 本書は、読み手の読解力次第で得るものが大いに変わる本である。
 ただ、深く読み込まなくても、「大学生が選んだ人気就職ランキングは、ラーメンを食べたことがない人による人気ラーメン店ランキングのようなもの」、「経営は自由意志、グローバル化せざる得ないなど「せざる得ない」と経営者に言われると、脱力する」など、なるほどと思わせる内容も満載だ。
 深く読むのであれば、「ロジカルシンキングと水平思考」を「スキルとセンス」対比させながら読むと一層面白い。

経営センスの論理 (新潮新書)

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