「県庁おもてなし課」は、慣れない仕事にもがく成長物語である。
仕事をしていて成長する人間と成長しない人間がいる。
主人公の掛水は、県庁の職員として高知県の観光振興に取り組む中で、大きく成長した。成長した理由はたった一つ。仕事のやり方を変えたことである。
掛水は、県庁の仕事のやり方、いわゆるお役所仕事に慣れていた。事なかれ主義、公平主義、手続き重視である。しかし、彼はそのやり方を変えた。民間意識とお客様視点を導入したのだ。
民間意識を導入するため掛水はコンサルタント清遠を雇った。清遠は策士である。彼は、県庁おもてなし課との最初の顔合わせで相手側12名全員の名前を覚えるという離れ業を見せ、職員から「やり手」と思わせる。実は全員の名前など覚えておらず、名刺交換で一部の者の名前だけ覚えておき会議の場で効果的に使い、あたかも全員の名前を覚えているように見せかけたのだ。
清遠は観光振興策を検討するに当たって、掛水に答えを教えない。現場を回って、ヒトに合わせて、掛水に考えさせるのだ。つまり、OJT(On the Job Training)である。
さらにお客様視点を導入するため20歳台の女性 明神多紀を派遣として掛水は雇う。観光に厳しい視点を持つ若い女性であり、さらにお役所の都合を忖度しないよう役所で働いた経験のない人間が必要だったのだ。
お客様は神様である。そのお客様の視点を知る多紀の意見を掛水は100%肯定する。県庁の人には県庁の驕りがあると思います。(中略)それ、かなり感じ悪いです。」、「観光地で大事にすべきはまずトイレです」など、多紀の意見を掛水は尊重する。
こうして掛水は高知県の観光振興を進めた。そして、仕事を成功させ、自身も成長し、多紀の好意を得る。ハッピーエンドだ。
この話で3つの点に注目できる。
一つ目は、仕事の場で成長するためには、仕事のやり方を変えていかなければいけないということだ。そして、仕事のやり方を変える上でチームメンバーを変えることが重要だ。掛水は、外部のコンサルタント清遠や派遣の若い女性多紀を雇うことで、これまでにない新しい価値観、新しい情報収集法、新しい交渉方法などを身に付けていく。
二つ目は、チームメンバーの選択が大変重要だということだ。清遠、多紀の活躍がなければ、この物語は成立しない。掛水の最大の功労は、チームメンバーの目利きにある。
三つ目は、女性にもてるためには彼女の意見を100%肯定することが大切ということだ。掛水から学ぶべき点は、多紀を100%肯定される役割にチームの中でアサインしたことだ。仕事としての役割ならそういった態度を取ることも容易だ。多紀の側からすれば、たとえ仕事であっても肯定的態度を取る掛水に好意を持つのは必然だ。
好きな箇所
お気に入りのフレーズ・会話をみつけるのも小説を読む楽しみである。
いくつか私のお気に入りの箇所を紹介する。
掛水と多紀が吉門を佐和のところに連れていく、動揺した佐和は掛水に平手をくらわしどこかへ駆け出した。その佐和を掛水が追いかけ、残された多紀と吉門の会話。
「ごめんな、彼が佐和を追いかけてくれちゃって」
こちらこそ、と多紀は答えた。
「掛水さんが佐和さんを追いかけてしまってすみません」
迎えに行けなくなっちゃいましたね、と続けると吉門が小さく吹き出した。
一本取られた、と呟いた声は楽しそうに低かった。
(3節より)
これは、佐和を追いかけたいのは吉門だったのだとさらりと読者に示した部分である。そして、吉門と佐和の関係が深いことの伏線になっている。また、吉門の呟いた声がなぜ楽しそうだったのか? 佐和と会ったこと・これから佐和と暮らすことが吉門にとって楽しみなのだろう。
掛水は仕事のできる清遠と吉門にあこがれていく。吉門の言葉一つ一つに反応する様子を多紀にからかわれて事故を起こしそうになった。その時の会話。
「なぁ、いつか多紀ちゃんって呼んでいい?」
「いつかって、いつですか?」
「・・・・・もうちょっと俺がカッコよくなったら」
せめてもう少しあがいてから。
俺が憧れるあの人たちに、もっと恥ずかしくないようになってから。
「待ってますから、急いでください」
(4節より)
多紀を明神さんと名字で掛水は呼んでいた。「いつか多紀ちゃんって呼んでいい?」と聞くのは掛水からの予告である。その予告に「待ってますから、急いでください」と答える多紀。この急いでいない感じが好ましい。
まとめ
「県庁おもてなし課」は、慣れない仕事にもがく成長物語である。
そして、掛水と多紀、吉門と佐和の恋物語がサイドストーリーとして展開し、物語を彩る。
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