kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



別冊NHK100分de名著 ナショナリズム:中島岳志の解説する「昭和維新試論」

 NHKのTV番組「100分de名著」が凄い。名著と呼ばれる有名な本をその道の専門家が一般向けに解説してくれる。私は、新しい分野の知識を得ようとするときは大抵「100分 de 名著」から始める。

 ナショナリズムを知りたくて本書「別冊NHK 100分 de 名著 ナショナリズム」を読んだ。

 

 サッカーワールドカップが4年に一度開催される度に、にわかサッカーファンが現れ異常な盛り上がりを見せるのはナショナリズムのせいだ。そのサッカー選手とは会ったこともなければ、サッカー自体に興味もなかった人が熱狂する様子は実に不思議だ。

 そんな不思議なナショナリズムを解説しているのが、本書「別冊NHK 100分 de 名著 ナショナリズム」である。この本で紹介されている名著4冊の中で、ここでは「昭和維新試論」について記す。他の本に関しては、別記事【別冊NHK100分de名著 ナショナリズム - kotaの雑記帳 (hatenablog.com)】を参照して欲しい。

 

 橋川文三の書いた「昭和維新試論」を解説するのは中島岳志、彼は政治学者・歴史学者で、著作多数。彼がこの本を解説する狙いは、日本のナショナリズムの特質についても考えるため。

 彼の主張の中で一番重要なことは、漠然と「愛国心」と理解されるナショナリズムは一つではなく、国ごとそして時期ごとに様々な特質を持つことである。この単純な事実はあまり意識されていない。この本を読むことにより、ナショナリズムを分類して考えられるようになる。

 「昭和維新試論」の「昭和維新」とはあまり知られていない言葉だが、明治維新によって国が江戸幕府から天皇中心の体制に変わったように、昭和維新によって国が変わったことを意味する。それと同時に日本のナショナリズムの特質も明治時代のものと昭和のものは異なっている。(ここで、大正維新のないことに注意が必要だ。日本の節目は明治と昭和にあるのだ。)

 「昭和維新試論」を書いた橋川は、当時を生きた人々、テロ事件などに関わった人々が、どのような苦悩を抱えていたのかを描き出すことで、彼らが生きた時代とは何か、その本質に迫ろうとした。つまり、テロリストたち一人ひとりの心のひだに触れることで、なぜ彼らが昭和維新の運動に身を投じたのかを考えようとした。例えば、なぜ二・二六事件は起こったのか、その背景には当時を生きた人々がどのような意識をもっていたのかを導こうとした。

 橋川は、昭和維新の初期の人々は「天皇のもとの平等」という意識を持っていたと言う(ここで、平等という意識は今では当たり前だが明治以前には無かったことに注意が必要だ。)。しかし、現実は厳しく実際は平等ではない。そこで、一部の人ばかり儲かり幸福で、自分だけが何故不幸なのかと思う者が出てくる。彼らは、天皇と国民の間に入って良からぬことをする輩がいるためだと考え、この良からぬ輩の排除を行おうとする。

 次に現れたのは、国民全部が一つになれば(一つに溶け合えば)幸福になるという考え方だ。この本が面白いのは、ここでアニメ エヴァンゲリオンの人類補完計画を例えに出してくるところだ。とても面白かったので少し長いが引用する。

生物として行き詰っている人類を次の段階に進化させようとする計画なのですが、その「行き詰まり」の原因とされているのが「他社への恐怖」です。登場人物である十代の少年少女たちはみな、他社に対する怯えを抱いている。そうした関係性を乗り越え、他者と「私」との区別も自我もなくなって、人類全体が一つに溶け合うような世界を生み出すのが「人類補完計画」だというのです。

 自分と他者との間に分かち合えない部分が出てくるのは避けられない。しかし、「一つに溶け合う」ことによより、そうした「分かち合えない部分」はなくなり、他者と私はすべて理解し合える、それによって私は苦しみから解放されると考えたのが、昭和維新の日本のナショナリズムだ。

感想

 現代の日本は協調圧力が高いと言われる。空気を読めないと阻害される社会だとも言われる。これは、「一つに溶け合う」ことを求めるナショナリズムが今でも生きていると言えそうだ。これは、他者と自分は違うと考えるアメリカ人とは異なり、日本独自のものだ。ナショナリズムが国によって異なることを認識させられる。また、同じ国であっても時代によってナショナリズムは変化し異なってくる、日本のナショナリズムは明治に形成され、昭和で変化した。

 この本の中で、「一つに溶け合う」というイメージを伝えるためにエヴァンゲリオンの「人類補完計画」を例えに出しており、このレトリックが面白い。私は、エヴァンゲリオンを訳の分からないアニメと思っていたが、この本のおかげで随分と腑に落ちた。他者との壁として描かれる「ATフィールド」、使徒ぜリエルとの戦いでシンジ君が溶けてしまうエピソードを描いた理由が分かる。さらには人類補完計画が失敗する結末は、「一つに溶け合う」ことのアンチテーゼであろう。