今回の福島第一原発の事故を受けて、電力会社の発送電を分離すべしという意見をよく見かける。そこで、発送電分離についてまとめてみる。
発送電分離とは
まずはたとえ話から、家具で有名なIKEAに行って家具を買う、こんな当たり前のことを考えてほしい。店舗を運営するのはIKEAでそこで売っている家具のデザインや製造もIKEAが行っている。家具の品質が悪いとき、クレームはIKEAに言えば良い。簡単である。一方、もしIKEAにFranc Francの製品が売っていたら、Franc FrancとIKEAの製品を比較して買えるので便利だろうし、競争によって品物が安くなるのでユーザとしては嬉しいだろう。しかし、買った製品が壊れたとき、その文句を言う相手はIKEAだろうか?それともFranc Francだろうか?ちょっと難しい。
発送電分離とは、発電所を建てて運営する発電会社と、発電所から電気を買ってユーザに売る送電会社(ユーザの家まで電気を送るのが仕事の会社、例えば電力の小売業者と考えると分かりやすいでしょう。)に分けようという話である。今の日本では、東京電力にしろ中部電力・関西電力にしろ全てが発電から送電まで一つの会社が行っている。いわば垂直統合の業態である。これを水平分業にしようというのが発送電分離である。
なぜ発送電分離が必要だといま声高に言われているかというと、
の3つのパターンがあるように思える。一つ目と二つ目の理由は置いといて、気になるのは発送電分離のメリットとは何かである。
発送電分離のメリットとは
発送電分離のメリットは、ずばり電気代が安くなる可能性があることだ。発送電を分離すると、発電を行う新たな会社が生まれ、発電会社同士が競争するので電気料金が安くなることが期待できる。特に、風力発電や太陽光発電のような自然エネルギーで発電を行う発電会社が出現すれば、エコだし、電気代もやすくなるしで、いいことばかりである。
蛇足であるが、あらたな送電会社が出現して、送電でも競争が起きてもよさそうだが、送電には工夫の余地が少ない(差別化が難しい)上に、とてつもなく大きな初期コストが必要なので、送電会社に競争相手が出るとは考えづらいようだ。
発送電分離のデメリットとは
メリットがあるところには、必ずデメリットがある。発送電分離のデメリットは、ずばり停電が増えることである。発電会社は、余剰能力を持つとそれがコストとなるため、競争上不利である。そのため、なるべくギリギリの稼動状態(例えば発電能力の98%を常に発電している状態)を維持したいと考える。これは、トヨタがカンバン方式により在庫を極限まで減らすことで、高い収益率を維持しているのと同じことだ。一方、プリウスの需要が急に高まると、生産がその需要に対応できずに、納車が3ヶ月待ちになる。つまり、需要変動に弱くなるのだ。電力では夏場に電力需要増加するが、これに対応したいと考える電力会社はいないであろう。夏場の需要にあわせて発電設備を持つと、電力需要の落ちる春や秋には発電設備が遊ぶためだ。そこで、需要が増加すると納車待ちならぬ停電が発生する。
アメリカで起きたこと
何事も過去から学ぶのは大事である。そこで、発送電分離の行われているアメリカで起こったことを見てみよう。
- 電気料金が下がった。下がる幅は5%程*1
- 大停電が起こった(カリフォルニア大停電:2000年にカリフォルニアで停電が頻発した(災害で電力インフラが被害をうけた訳ではなく、普通に電力需要に発電能力が足らなかった。)
ここで、エンロンのエピソードが興味深いので、紹介しておく。エンロンはアメリカの発電会社で金融取引での失敗で破綻した会社である。このエンロンは、カリフォルニア州の電力が不足した際、電力価格を吊り上げるために電気の供給を止めたのだ。OPEC参加国が原油の値段を吊り上げるために、産出量の調整をするのと同じと言えば同じことをしたのだ。これは、自由競争に任せるとたまにとんでもないことが起こるという例である。
メリットとデメリットをコントロールするもの
このように発送電分離には、電気代が下がるというメリットと、停電が増えるというデメリットが存在する。デメリットを許容範囲に押さえ、メリットを最大化するために重要なのが、制度設計、つまり法律である。
例えば、発電会社が用意すべき余剰発電能力や、事故率の基準が法律で定められることになろう。そうすると、発電会社の参入障壁がぐっと上がってしまい、電気代が下がるというメリットも目減りすることになる。
このようにどんな制度だと発送電分離がうまくいくか、ここが一番難しいのだが、この点の議論をしている人は少ないように思う。
まとめ
発送電分離とは、電気業界を垂直統合から水平分業に移行するものである。これにより、電気の価格が下がり停電が増える可能性がある。発送電分離のメリットを最大限に引き出すためには、緻密な制度設計(法律)が必要である(緻密な制度設計があっても発送電分離が日本でうまくいく保証はないが)*2
- 作者: 横山明彦
- 出版社/メーカー: 日本電気協会新聞部
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*1:http://www.caa.go.jp/seikatsu/koukyou/data/sankoshiryo1-170307.pdf
*2:政治家の方々には、未来の姿とそれを実現する仕組みの検討なしに発送電分離に踏み出すことのないようしてもらいたいものだ。