kotaの雑記帳

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「ホワイトラビット」(伊坂幸太郎)の感想:籠城事件を鮮やかに解決するトリックに驚く

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ホワイトラビット

 

 最近、伊坂幸太郎の小説をまとめて10冊ほど読みました。彼の小説は面白いですね。伏線の張り方と回収の仕方が抜群にうまい。

 この記事では、「ホワイトラビット」の感想を書きます。この「ホワイトラビット」は、ベストセラーランキングで1位にもなった作品です。

 

あらすじ

 兎田孝則の新妻が誘拐された。返してもらうには、ある人を探しださなければいけない。タイムリミットが近づくなかで、兎田は握った拳銃を母子に向け立てこもる。周囲を警察が取り囲み、時間だけが過ぎていく。警察の包囲網を突破して、兎田は新妻を救い出せるのか。

 

登場人物

  • 兎田孝則: 誘拐を生業とする裏稼業の男、愛妻家で二人きりのときは「冗談でちゅよ」などと赤ちゃん言葉も使う。
  • 兎田綿子: 兎田孝則の妻。
  • 折尾豊: 通称”オリオオリオ”、コンサルタントであり、オリオン座が好きで誰かれ構わずうんちくを語る。
  • 黒澤: 泥棒であり探偵でもある。
  • 夏之目: 警察特殊部隊SITの課長。

 

感想

 伊坂幸太郎自身が、”籠城物、人質立てこもり事件の決定版を書こうとして取り掛かった”と言うだけあって、小説に仕掛けられたトリックの切れ味は鮮やか。また、”自分なりの『ホステージ』といったお話になったような気がします”とあるように、話の骨格はロバート・クレイスの小説「ホステージ」と似ているが、肉付けは全く異なり伊坂ワールドの小説となっています。

 人質立てこもり事件というのは、立てこもりがどう始まり、どう終わるか、また終わるまでの警察と犯人の交渉、この3点が話の中心になるものです。「ホワイトラビット」ではこの3点の全てに読者を欺くトリックが仕掛けられています(ネタバレしないようこれ以上は書かないでおきましょう)。これらのトリックが鮮やかで、私は読み終えたときにある種の爽快感がありました。一方で、自分がどうやって欺かれたのか分からず呆然としました。

 兎田は、ターゲットに仕掛けたGPSをに従い探索を行った末に、そのGPSの指し示す家に立てこもることになるのですが、GPSがトリックの重要なネタになっています。

 

 伊坂幸太郎の小説と言えば、伏線とその回収の仕方の見事さが特徴ですが、実は伏線の回収に至るまでのストーリー展開も巧みです。

 家に侵入した兎田に、その家の母親は繰り返し「今、この家にいるのは私たちだけなんです」と言う。これが伏線です。いないと言っていた父親が家の2階でみつかり兎田に捕まります。これが伏線回収へのつなぎです。

 また、立てこもった家を包囲した警察と犯人が交渉する中で、犯人は折尾豊(オリオオリオ)を連れて来いと要求します。これも伏線です。そして、連れてこられたオリオオリオが、星占いよろしく胡散臭い話をまくしたてるのが、伏線回収へのつなぎです。他にも、つなぎとなる部分が各所にあります。例えば

 少しして隊員が車のスライドドアを開け、外から顔をのぞかせた。「先ほどの電話、一を確認しましたが、あの家から発信しているのは間違いないようです」

 折尾がすっと顔を上げる。「逆探知をしたんですか?立てこもり事件の犯人からの電話をわざわざ?」と意外そうな口ぶりだ。

(141ページより) 

 折尾は周囲の人間のそういった対応には慣れているのか、動じる様子はなく、「立てこもり事件の起きている、この場所を、ペテルギウスの位置だとしますと」とはじめ、かと思えば、「ペテルギウスはすでに爆発しているかもしれないんですよね。まだ地球からは見えないだけで」と続ける。講義の際に、いつも同じテキストの同じ個所で同じダジャレを言わずにはいられない、警察学校の講師を私は思い出した。覚えていた台本の該当部分を、待ってましたとばかりに喋りはじめるかのようだったからだ。

(174ページより) 

 

 また、以下も伏線です(もっと言えば、ドーベルマン事件も伏線と言えそうです)。

「課長の指示通り、一軒ずつ回って、避難させています」

(中略)

「不在だと思っていたら、家主が熟睡中とかは無いだろうな」

 五年前のトーベルマンの飼い主のことを思い出しているのだろう。

(72ページより)

 

  さらに、話の途中で兎田は父親と争った際、膝で首を抑えられて喉をつぶされます。実は、これも伏線です。ネタバレになるので、これ以上は書くのは控えます。

 

 ところで、ストーリの中で作者が度々しゃしゃり出てきて、読者を導いたり迷わせたりするのも、この小説の面白い所です。小説の冒頭、作者はこう言う。

 白兎事件の一ヶ月ほど前、兎田孝則は東京都内で車を停め、空を眺めていた。「白兎事件の一ヶ月ほど前」という言い方は間違っているのかもしれない。その場面は白兎事件の一部で、事件の幕は既に上がっているとも言えるからだ。ただ、それを言うならそもそも世間で、仙台市で起きたあの一戸建て籠城事件のことを白兎事件と呼ぶ人間は一人もいないのだから、細かいことは気にしない方がいい。

軽い口ぶりですが見事にこの本の内容を説明しています。また、”白兎事件”とは作者しか呼んでいないことも告白しています。小説中に”白兎作戦”も出てくるのですが、作者がこうやって遊んでいるのも面白い。

 

考察

 ホワイトラビットと聞いて、皆さんは何を想像しますか?私は、不思議の国のアリスを想像しましたが、読み進めていると実は因幡の白兎でした。敵役の名前が”稲葉”であることや、以下の記述がありますからね。

そして黒澤は因幡の白兎の話を思い出している。

(255ページより)

 

 さて、登場人物の折尾はオリオン座好きという設定になっていますが、これは何故でしょう?

 私は、作者は星座占いのイメージを使って折尾のうさん臭さを読者に印象付け用としたのではと思っています。また、ペテルギウスが爆発したことと、その光が地球で見える事との間には時間差があるというセリフを使って、”時間差”というこの小説のキーワードを暗に提示しているのでしょう。

 

 ところで、度々登場する作者は、読者を導くだけでなく迷い道にも誘う。下の文章は非常に微妙。よく練られた言葉で迷い道に誘い込んでいます。

 すでにお気づきだろうが、夏之目課長の「この立てこもり事件の裏側には、佐藤家の親子喧嘩があったのでは」という想像は外れている。サバイバルゲームが好きで、ミスター男性ホルモンとも呼ぶべき父親は、家庭内を支配していたものの、この時は事件を起こしておらず、外部からの侵入者、兎田の存在も現実のものだ。

(116ページより)

 

 さて、兎田の属する誘拐組織は、ベンチャー企業のような組織として描かれています。つまり、誘拐犯罪のリスクを洗い出し、リスクを最小化するようビジネスモデルを調整しています。誘拐するのも子供よりも大人を選ぶ、それは大人の方が理屈で説得して大人しくさせられるからだと。こういう犯罪組織とベンチャ思考を結びつける発想はとても面白い。

  

名言

 小説中で良い言葉だと思ったのは次。

罪は引力のようなものだ 

(333ページより)

人間は罪から逃れることはできない。罪をゼロにすることはできず、罪のない人間は無い、という意味です。仕事をしていると私は、社会には「正しい」ことがいくつもあり、人ぞれぞれに正義が異なることを感じます。正義同士が衝突することもあります。

 

まとめ

 伊坂幸太郎の小説「ホワイトラビット」を読みました。これは、立てこもり人質事件を描いたもので、これが解決するトリックがとても鮮やかです。

 小説の中に、多くの伏線が仕掛けられていて回収されていきますが、回収されていくまでのつなぎが練られていて面白い。皆さんも、このつなぎに注目して読むと楽しめると思います。

 オリオオリオが警察に胡散臭い話をする場面が好きです。本を読み終わるまで、ここが重要ポイントだとは気づきませんでした。しかし、読み終えた後には、オリオン座、ペテルギウスの爆発、GPS、など数々の伏線が交差していることに気づきます。

ホワイトラビット(新潮文庫)

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