伊坂幸太郎の小説を10冊ほどまとめて読みました。順次感想を書いていっています。ここでは、「重力ピエロ」の感想を記します。
「重力ピエロ」は2003年に書かれた本で、 第129回直木賞候補、第57回日本推理作家協会賞、2004年版このミステリーがすごい!第3位など評価の高い作品です。映画化もされていて、2010年日本アカデミー賞新人賞を岡田将生(春役)が獲得しています。
話の中で、他の作品の登場人物が登場(伊藤(オーデュポンの祈り)、黒澤(ホワイトラビット))するので、これらの作品を読んだ人が読むと一層楽しめます。
登場人物
- 泉水:遺伝子検査の会社に勤務するサラリーマン。務める会社が放火に遭い、連続放火事件の犯人を追う。
- 春:泉水の弟。美男で、絵が上手い、しかも運動神経も良い。落書きを消す仕事をしている。
- 父:泉水と春の父親。癌を患い入院している。病院で、連続放火事件の謎を解こうとする。
- 母:モデルであったが父に一目ぼれし、父のもとへ押しかけた。
あらすじ
連続放火事件が発生した。放火を予告するかのように現場近くには落書き(グラフティアート)が描かれる。落書きと放火の関連を見抜いた春は、泉水の会社が放火されることを予想する。泉水は放火現場の調査をはじめた。そして、新たな落書きが描かれ、次の放火を予見した春と泉水は犯人を待ち伏せる。
感想
この小説の面白いのは、泉水・春・父・母の性格描写が精緻な点です。ストーリーを追うよりも、伏線回収を観察するよりも、人物描写を味わいたい。
泉水が犯人探しにのめり込んでいく過程だけでなく、のめり込んでいかざる得ない性分であることが、子供時分のエピソードを絡めながら描かれています。クロスワードパズルが好きだった子供の頃、父が泉水には解けそうにない難しい問題のマス目をいくつか埋めていたことがあった。このとき泉水は烈火のごとく怒ったという。最初から自分でやらないと気が済まない、やり始めたら途中でやめるのが嫌いという泉水の性格を表すエピソードが、何気なく紹介されていく。
春は、兄を頼りに思うところがある。高校性の頃、兄とともに同級生をやっつけに行く話が描かれている。春は兄に手を貸して欲しかったわけでなく、近くにいて欲しかった。
登場人物の中で、父がとてもカッコ良く感じます。子供たちを愛し、口数も少なく、ユーモアがあり、癌に負けないタフさもある。良い大人です。モデルをしていた美人の母が一目惚れするくらいです。
父は、乾杯は握手に似ていると言った部分がとても私は好きです。
あれは母の葬儀が終わった後の会話だった。父はビールの入ったコップを持ち上げ、「乾杯」と言った。乾杯という言葉が父は好きだった。握手に似ている、という言い方もした。「乾杯」と私も応じた。
この「乾杯」は、明るく元気なものではなく、父と泉水が悲しみと思い出を共有する確認なのでしょう。気持ちを深く合わせるという意味で握手と似ていると父は思っていたのではないでしょうか。
さて、放火が起こった理由、放火を起こした意図が後半明らかにされていきますが、これに登場人物の性格が絡んできます。前半の人物描写がこれに効いてきます。この辺りの展開がとても上手い。
考察
この小説で、「父の病気とピカソ」から「地球の重力とピエロ」までが、一番大切な部分です。
小説のタイトル「重力ピエロ」に込めた想いも、この部分から読み取れます。
「人の外見は、ファッションの銘柄と同じだ」春はよく言う。「ブランド品は高いけれど、その分、品質が良い。その逆もある。とんでもない品物にブランド名をくっつけて、客をだますこともできる。人の外見も一緒でさ、人は目に見えるもので簡単に騙される。一番大事なものは目に見えない、という基本を忘れているんだ。」
春は、見かけに騙されてはいけないと言います。本質が大切だと。
「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」春は、誰に言うわけでもなさそうで、嚙み締めるように言った。「重いものを背負いながら、タップを踏むように」
それは詩のようにも聞こえ、「ピエロが空中ブランコから飛ぶ時、みんな重力のこととを忘れているんだ」と続ける彼の言葉はさらに、印象的だった。
一方で、深刻なほどそれを外に表してはいけないと言います。この二つは、矛盾しています。深読みすれば、春自身は自分は見かけを偽って伝えている、あなたは本質を見抜けるかい?と問いかけているように思えます。
春は、父と外見が似ていないことも気にしているのでしょう。しかし、本質は外見ではないとも言っているのでしょう。
ピエロは空中ブランコを飛ぶとき、重力なんて消えてなくなったように楽し気な演技をします。しかし、重力は消えたりしません。だから、この小説は「重力ピエロ」と名付けられたのでしょう。
名言
人の一生は自転車レースと同じだと言い切る上司もいれば、人生をレストランでの食事に喩える同僚もいた。つまり、人生は必死にペダルをこいで走る競争で、勝者と敗者が存在するのだという考え方と、フルコース料理のように楽しむもので、隣のテーブルの客と競う必要は何もないという構え方だ。
人生に対する考え方を端的に表した言葉です。とくにフルコース料理のように楽しむあたりの表現は素晴らしい。
現実の人生では、稼ぐために他人と競争せざる得ない部分はありますが、全体重を競争に置く必要はないことを思い出させてくれます。また、人生の過ごし方には二種類あることを知っておくと、視野狭窄にならずに済みます。
まとめ
伊坂幸太郎の「重力ピエロ」を読みました。
伏線回収の技巧が有名な著者ですが、この小説ではそれよりも、人物描写が緻密でそれがストーリーに効いてくる点が、面白い。
この小説が「重力ピエロ」と名付けられた意図を考えながら読むと、一層楽しく読めると思います。