kotaの雑記帳

日々気になったことの忘備録として記していきます。



何のために議論してるんだっけ? 目的を忘れた議論

できない理由を指摘する人よりできる方法を考える人が成功する理由というエントリが良くかけている。
内容を簡単にまとめると、

  • できない理由を指摘する人は、できる方法を考えない

 本当は成功する方法を探している筈なのに、できない理由を挙げてどうだって顔をしている人は確かに多い。そして、そんな人の仕事のアウトプットは少ない*1のも私の経験と一致する。

 目的を忘れて、分析で満足するほかの例としては、事故が起こったときにその事故は誰のせいかを追求するのに一生懸命になる人がいる。誰が悪いのかを決めても、事故からの回復はできない。

ここまで書いて、宮本武蔵五輪書の言葉を思い出した。

先づ太刀をとつては、いづれにしてなりとも、適をきるといふ心也。若し敵のきる太刀を受くる、はる、あたる、ねばる、さはるなどということあれども、みな敵を切る縁なりと心得べし。

「相手の太刀を受けたり、はったり、することは皆敵を切るためだということを忘れてはいけない。」という意味だが、できない理由を指摘する人は、相手の立ちの受け方で考えが止まっているのと同じで、それだけでは相手に勝つことはできない。

追記

  • Apple と日本の家電メーカーのデザインの違いを考える」、このエントリは何のために考えているの?と思う典型的なパターン。暗にAppleを超えるために考えている、のかなっと期待するが全くそんなことはなく、ただ違いを延々まとめている。ま、そりゃ違いはあるでしょうね、という感じ。不適切な括りだしというよくある詭弁のテクニックの例だとは思うが、まったく「できる方法を考え」ていない。
  • 日本の電気メーカーが iphone作れない理由:外資の人から見た視点」、これに至ってはタイトルからして意味(目的)不明。
    • iphoneの定義次第だけど)Apple以外はiphoneを作れないってことは、ノキアも、モトローラも、サムソンも、HTCも、、どこも作れいない。なので、作れていない会社の中下から日本の電気メーカを括りだすことに何の意味があるのかな?
    • iphoneを作れていない外資の皆さんの意見を聞くことに何の意味があるのかな?
    • iphoneだけが唯一無二のイノベィティブな製品というわけではない、なのにiphoneだけを特別に括りだすことに、何の意味があるのかな?

五輪書 (講談社学術文庫)

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*1:中間アウトプットはあるんだけどね、、、