膨大な物事を記憶する力、遠くの出来事を見る力、聴く力などの不思議な能力を持った一族を描いた短編集。
この一族は、穏やかで知的で権力志向を持たないという設定である。この設定から、この一族は一般社会を支配しようとしたりせず、社会の中でひっそりと生きていこうとしていると描かれることが分かる。特殊能力者が、人類社会と戦ったり排斥されたりするよくあるSF小説とは違うのだ。
全部で10片の短編小説が収められており、それぞれが完全に独立しているわけでなく、読み進めていくうちに大きなストーリーを作っている。
収められている短編のなかで、私は最後の「国道を降りて。。。」が好きだ。
音楽家の若い男女が、男の故郷に向かう話で、その途中車が故障し徒歩で目的に向かうことになる。現地で演奏しなければいけないのに、車が故障したため音合わせをする時間も取れそうにない。そこでの会話がとても素敵だ。
「どうしよう。わたしたち、まだ帰国してから一度も音合わせをしてないんだよ。向こうについても合わせる時間ないかもね」
美咲はため息混じりに呟いた。
「大丈夫さ。これからはずっと二人で演奏していくんだから。いくらでも時間はあるよ」
ぼそりと律が呟いた。
実は、「大丈夫さ。」から始まるセリフは、律から美咲へのプロポーズである。それを「ぼそりと呟く」あたりに律の人柄が感じられる。そして、このセリフを中々言えなかったことも、小説の中で上手に表現される(具体的に書くとネタバレになるので書かないが、ホッコリする出来事として描かれている)。
まとめ
光の帝国は、特殊能力をもつ一族を描いた短編集である。その一族は一般社会との摩擦を避けてひっそりとくらしている。そのひっそりの中で、引き起こされる不思議な出来事が描かれている。その不思議な出来事が奇妙奇天烈で面白いというより、用いられている表現やキャラクターの設定が魅力的である。
最後に、「光の帝国」というタイトルから私は、大きな国家組織が出てきて戦う話かと当初想像したが、まったくそんなことはなかった。穏やかで知的で権力志向を持たない、それでいて不思議な異能力を持つ人々のお話でした。